P.30

 そして、そのままぐるりと首の可動域の限界まで使って横を向く。

 その先に、引き攣った笑顔で虚空を見つめる瞬が居た。

「いや違うんですよ城戸さん。これにはですね、ちょっと悲しい物語というか、すれ違いというか痛い痛い痛い!!」

 問われる前に弁解を始めた瞬の声が悲痛に変わる。

 理由は見れば明らかで、優弥が瞬の腕を捩じ上げたからだ。

「お前もしかして……俺を誘ったのは車持ちを確保するためか? ん? 五人も乗れる車なんてそうそう見当たらないもんなぁ」

「いてててて!! ちょ、まっ……待って、曲がらない! 腕そっちに曲がらないように出来てるから!」

 成程、と和輝は納得した。

 別に人間の腕が逆方向に曲がらない事に理解を得た訳ではなく、優弥が車を持っていた事に関してだ。

 以前に一度だけ、遊びに行く際に彼の車に二人で載せて貰った事が有る。

 あまり大勢の人と関わり合いの無いような彼にしては珍しい、五人乗りの黒い車。

 その時のもう一人が瞬なのだから、もちろん瞬も知っているだろう。

 五人乗りではなくとも、車を所持している時点で移動手段としては大きい。

 行くだけなら瞬一人でも問題無い。

 むしろ外見で大きく差をつけている優弥は邪魔な筈である。

 つまり優弥は皆の足としてめでたく選ばれた、という事だ。

 そしてちゃっかり和輝という自分と同程度の外見レベルも用意している事で、優弥との差を均一にしようとしている。

 それと同時に、出汁にされたのは和輝『達』ではなく、和輝ひとりだった事も理解した。

 話に乗ったのは和輝自身であるし、溜息を吐く他に動作のしようはない。

 一先ず、和輝は話を元に戻すところから始めた。

「……で、優弥の車で行くとして、本当に大丈夫か?」

「なにがぁ?」

 素っ頓狂な声が舞から聞こえて、お前の事だよ、と彼女を見つめ返す。

「さっきハンパなく動揺してただろ……いや俺もだけど」

「あら、あなた全然そんな感じに見えなかったわ」

「コイツ隠してるだけッスよ姐さん!」

「ムッツリか」

 途中の瞬と優弥の言葉は聞こえなかった事にして、和輝は言葉を続けた。

「そんなんで実際に行って大丈夫なのかよ」

「だいじょぶだいじょぶ! アタシ少しは霊感あるから!」

 冗談半分のように返されたものを二秒くらい反芻して、やっぱり話が噛み合ってないなと思った。

 広い意味で捉えるなら「霊感があるからいざとなったら避難信号出せるよ!」ということかもしれないが、出来ればいざとなる前に気付いて貰いたい。

 それに、その霊感とやらも怪しいものだ。

 自己申告の霊感ほど信憑性が薄いものもないだろう。

 仮に本当だったとして、ならばどうしてビデオの変に気付かなかったのか。

「へー! 舞ちゃん霊感有るんだ、それヤバいね。見えんの?」

 などと瞬は呑気に問い掛けているが、やはり本気で信じているとは思えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る