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和輝が放りだした恐怖感が、あとを追って再びやってくる。
井戸から白装束を来た長髪の女が昇ってきているではないか。
これはヤバい。マズいぞ。
本能が頭の天辺から爪先まで訴え掛けて来る。
何がヤバいって、舞とまひろが何も安堵の言葉を返さない事だ。
『大丈夫、大丈夫!』
『あら、驚いた? でもビデオはここまでよ』
そんな言葉でも有ったなら、きっと和輝の心臓は急速に落ち着いていただろう。
だが、特に舞の様子を見る限りではとてもそれを期待できるとは思えない。
画面の中の女が、完全に井戸から這い出て来る。
瞬は尻尾を踏んだ猫のように飛び上がり、慌ててリモコンを取りに身体を伸ばした。
「え、映像を編集してんだよな?」
「でもアタシ達が観た時は井戸の映像だけで終わったよ! そのあと砂嵐しか流れないはずだよ!?」
和輝の振るえた声は、怒号にも似た舞の声に食い気味にかき消されてしまった。
恐怖がやっと同じ位置に立った。立ってしまった。
余裕ぶってみたが悠長な事を言っている場合ではない。
こうしている間にも女はこちらとの距離をどんどん詰めてくる。
不思議なのはまひろと優弥だ。
緊急時だぞ? わかってるのか? と声を掛けたくなる程に二人共落ち着き払っている。
本音をいうなら、和輝は今すぐ脇目も振らずに避難したい。
が、決断を下すには、この状況は余りにも遅過ぎた。
複雑に枝分かれした思考の中で、やっとリモコンに辿りついた瞬が目に入る。
しかし、よくよく考えてみれば、ビデオの電源が生きているならテレビを消したところで意味があるのか。
何か、何か策は──。
「コンセント」
凛とした声が鳴ったのと、大きな影がのそりと動いたのはほぼ同時だった。
和輝がその声に反応するより速く、瞬が落としたリモコンを再度拾うよりも速く動いた影は、二人の間を抜けてテレビと壁の隙間に片手を突っ込んだ。
途端、バツンと惨めな音を出して画面が真っ暗闇に変わる。
電源が入っている事を示すテレビとビデオのランプも一斉に色が消える。
恐らくタコ足で繋がれていたのだろう。
主電源を優弥が抜いたことで二つの電源が落ちたのだ。
部屋全体が一気に静寂に包まれる。
正確にいえば、和輝や瞬、舞の荒い息遣いが聞こえるだけで、後は何事も無かったかの様に外の虫の音が重なり合っているだけだった。
「焦り過ぎだろ……おまえら」
右手で引っこ抜いたテレビのコンセントをぷらぷらさせながら、優弥は呆れ顔で皆を見た。
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