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 幼少の記憶を遡る和輝の耳に、ビデオの中からだろうか、水の様な音が聞こえた。

 だが、音と同時に優弥が喋り出したので和輝の注意はすぐに逸らされた。気のせいか。

「で、そこにこの井戸が在るって? まさか……」

 鼻を鳴らした優弥は、わざとらしく首を振る。

 もしそうだとしたら、この未だに代わり映えのしないビデオはこの近辺で撮影されたという事だ。

 しかも撮り方からして個人の観賞用か、何かの作品なら相当ド下手糞という事になる。

 何しろ、井戸の画面に移ってから三分弱、カメラの位置すら微動だにしていない。

 どういうつもりで撮ったかは知らないが、これではまるで井戸の観察日記だ。

 しかし、瞬はどうやってこの場所を判断したのだろうか。

「優弥ちゃぁん。まだまだ観察力が足りねぇなぁ」

 そう言って、瞬はビデオを顎で指す。

「見ろよ。井戸の後ろのあのバカでかい木。俺ぁあれを見た瞬間ピーンときたね、ピーンと」

 確かに、と和輝は顎を擦った。

 木の幹は井戸と同じ位の幅が有り、天辺は画面内に収まっていない。

 あれ程の物となると、和輝もこの近辺ではこの墓地に存在するものしか思い浮かばなかった。

 それでも、優弥はまだ否定的だった。

「あのな、木っつっても探しゃ何処にでも在んだろ。それに……」

「ビデオの場所を下見して照らし合わせたのよ」

 優弥の言葉を遮り、俯いて携帯を触っている舞を他所に、まひろが鞄からもう一つ何かを取り出した。

 薄いがノート一枚よりは厚みを持つ長方形の紙。

 写真か。と和輝は見て判断出来た。

「昼間の内にね。で、これがその時撮った写真なんだけど」

 差し出された写真を受け取りながら、その時優弥は初めて強張った表情になった様に見えた。

「行ったのか」

「ええ、貴方のような人間を納得させるためにね」

 一呼吸、妙な無言の間があり、優弥は徐にまひろが持ったままの写真へ視線を落とした。

 優弥の肩越しに和輝も写真を覗き込んでみる。

 井戸を正面から撮った写真だろう。周囲の木々は兎も角、巨樹と井戸、更に井戸の周りの草花の無い平らな面積まで瓜二つだ。

 まひろは得意気に舞と顔を合わせようとする、が、肝心の舞は見られてハッとしたように慌ててまひろを見返した。

 そういえば先程から静かだ。

 携帯電話に夢中になっている様だったが、何かあったのだろうか。

「……なんか、これだけで不気味だな」

 同じく写真を見ていた瞬がポツリと呟いた。

 撮ったのは昼間だと言うが、全体的に暗い。

 隙間に日光が差し込んでいる事から、この全体が木の影に入っているのだろう。

「何でこんなの持ってたんですか?」

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