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行き過ぎた足を反転させ、和輝は舞の元へ戻る。
彼女は、校庭に広がる垣根の一点を無表情でぼうっと眺めていた。
「……本条さん?」
和輝の声にも舞は反応を示さない。
和輝も舞の視線の先を見やるが、別段変わったところは無い。
強いて挙げるなら、小さな風が草花を揺らしているくらいだ。
仕方無く、和輝は今より少し大きめにして舞へ呼び掛けた。
「本条さん!」
「わっひゃうぇ!?」
余程驚いたのだろう、奇声を上げて舞の小さな身体が数センチは飛び上がる。
申し訳無いとは思った。同時に、面白いとも思った。
「ど、どうしたの……」
「どうしたのはこっちの台詞だろ。何か居たの?」
顔を強張らせたままの舞は、口元を痙攣させながら目を潤ませていた。
お陰で引き攣った笑顔が完成されている。
「ね、ね、猫がいた気がしたんだけど……気のせいだったみたい」
猫か。それにしては真剣な表情だったが。
和輝はもう一度茂みを観察してみた。
やっぱり、猫も犬も居る気配は無い。
代わりに、明らかにそれよりも大きな影が茂みを揺らした。
風などでは無い。
そしてこの大学で彼を見紛うことなど有りはしない。
長身の美男が居るとすれば、和輝には一人しか心当たりが無い。
「ん、お前らも帰りか」
茂みを足で掻き分け、木の裏から優弥が現れた。
そんな所で何してるんだ、とか、何でそこから出て来たんだ、とか疑問は多々有ったが、質問に困った和輝は隣で固まっている舞の代わりに、まず一つだけ訊いた。
「……何か居たのか?」
「ん? あー……猫……がな」
肩に付いた木の枝を落としながら優弥は無愛想に答える。
それを聞いて、和輝よりも先に舞が反応を示した。
「だっ、だよね! 居たよね!」
だが、優弥は舞を数秒見ても答えようとはしない。
服に引っ付いていた最後の葉っぱを後ろに投げ落とすと、やっと舞を睨み付けた。
「お前……今夜、本当に行く気か?」
和輝にはその質問の意図が解らなかったが、唸るように発する優弥の言葉は、怒っているようにも感じる。
これを直せばまだ女性にモテるかもしれない。
「大丈夫か?」
続けてされた優弥の質問も、和輝は理解出来なかった。
普通に心配しているだけなら、声のトーンが重い気がする。
「だいじょぶだいじょぶ! アタシこれでも強いから!」
調子良く言う舞に、優弥は呆れた様子で首を左右に振る。
「そういう事じゃないんだがな……まぁいい。お前ら気を付けて帰れよ」
そう言って、優弥は颯爽と踵を返して大学を後にしていく。
まともな会話も交わす事無く後に残された二人は、お互いに顔を見合わせた。
「あー……」
どうしようも無い空気を埋めるように和輝は口を開く。
「今夜……までに、どっかで時間潰す?」
返って来た舞の言葉は、顔と同じく半ば呆然とした調子だった。
「準備あるから……うん……ごめん」
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