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「し……」
彼の名前を言い掛けて、前歯から空気だけ漏れる。
入り口は雑多な話題で盛り上がる生徒達で溢れ返って、そこには友達を呼ぶ、程度の問題は寄せ付けないような雰囲気が有った。
声を掛けるべき対象は詰め寄る人だかりを華麗にすり抜けつつ、中へ身体を滑り込ませる。
俺の声は届かないだろうなぁ。そんな事を思って和輝は名を呼ぶのを躊躇った。
どちらにせよ中に入る訳だから、今話し掛けなくとも問題ではない。
その分の力を使って食堂の扉を潜った和輝は手前から奥まで広く続く食堂の席を見渡し、その姿を探した。
目的の彼を見つけるのは簡単だ。
声か髪を探せばいい。
当然と言われれば当然なのだが、彼は特に容姿から声まで探すのに適した物を持っている。
明る過ぎる茶髪は最早金との境目をギリギリ保っている程度だし、それに負けない活発な声は例えどれだけ賑わっているイベント会場の中からでも一発で聞き取れると思う。
それに言動。
良くも悪くも子供染みた言葉に身振り手振りが合わされば、それは完璧に彼を証明する以外に説明が難しい。
根暗よりかはマシかもしれない。
と思ってはいるが、余計な時まで五月蠅いのはどうにかして欲しい。
そんな訳で見つけるのは容易い彼なのだが、和輝はまずイベント会場にも匹敵するような人混みに溜息を吐いた。
比較的早く来たつもりの食堂は既に半分以上は埋まっている。
学棟が少し離れているのを考えても、いつもここの食堂は席が埋まるのが早い。
まだ食券でも買っているんだろうか?
和輝が購買や厨房付近に並ぶ生徒達に目をやった時、不意に背後から声が掛かった。
「和輝!」
間に人を通してもハッキリと通る声が背中に当たる。
実を言うと呼ばれる少し前から声は聞こえていた。
こんな、話し声で埋め尽くされた場所でも自分の名前なんかは不思議と耳に入って来る。「あれ和輝じゃね?」という声を名前を呼ばれる二秒くらい前に聞いていた。
振り返って声の出所を探し出す。
一緒に数人座れる机を二つ挟んだ先に、その明るい茶髪が目に入った。
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