第23話

 芽衣からは、彼女たちは夜の十時過ぎに秋田の車で出発するという連絡がきていた。その時間から車で出ると、渋滞を加味してもぎりぎり新年が明ける前には神社に到着している予定だそうだ。

 唯と悠人はこの日は朝まで運行している混んでいる電車で海の方へ向かうことになるが、さすがに二時間はかからない。

「十時ごろ迎えに来てね」

 唯は悠人にそう頼んでいた。早すぎるかもしれないと思ったけど、万が一にも神社で会えずにすれ違いなどという羽目になってはいけなかった。当日、芽衣と唯はさりげなくLINEで連絡を取り合いお互いの状況を報告し合うことになっていたが、念のためを考えると唯たちが早く神社着いていた方が安全だ。早く着きすぎたら、神社の境内で悠人とデートのようなことをして時間を潰していればいい。

 それはいいのだけど、悠人と初詣に行くことを母親に話したのが間違いだった。悠人の合格祈願だって口を酸っぱくして何度も訴えたけど、唯の母親は聞く耳を持っていなかった。

「美容院の着付け七時に予約したからね」

「いつのまに振袖なんか買ったのよ」

「買ったんじゃないの。おばあちゃんが送ってきたのよ。成人式に必要でしょって」

「あたしまだ高二だよ。大学に入ったら自分で選ぼうと思ってたのに」

「うちはレンタルで済まそうと思ってたのよ」

「マジですか」

 祖母のお節介がなければ、唯の振袖はレンタルで済まされていたわけだ。

「とにかくせっかく初詣に行くなら、振袖姿を悠ちゃんに見せてあげなさいよ」

「やだって言ってるじゃん。悠人の合格を祈願しに行くだけなのに、あたしが振袖っておかしいよ」

「ぜったい悠ちゃん喜ぶって」

 母親が思い込むといくら抗議しても無駄なのだった。それで、その晩ちょうど十時に悠人が迎えに来たとき、唯は彼にあきれられ、いじられるのを覚悟してドアを開けた。

「おうすげえ」

 悠人の第一声がそれだった。ふざけている様子はない。

「唯すごくきれいじゃんか」

 唯は不意打ちを受けて不覚にも赤くなった。

「この子、悠ちゃんのために頑張って着付けしたのよ」

 母親が得意そうに悠人を見た。

「いや、なんか豪華な柄ですよね」

「そうでしょ。おばあちゃんのお古だけどすごくいいものなんだって」

 二人がのんびりと会話を始めた。もともとママと悠人は仲がいいのだ。 

「もう行こうよ」

 放っておくとママといつまでも世間話を続けそうな悠人を唯は促した。

「おう。じゃあ、おばさん。行ってきます」

「行ってらっしゃい。この子着物と草履に慣れてないし、今日は電車も混んでるだろうから、悠ちゃんが守ってあげてね」

 唯たちが顔を見合わせて吹きだしたので。ママはけげんな顔をした。  


 覚悟していたとおり、夜の駅のホームはまるで通勤・通学のラッシュ時のように混雑していた。ただ違うのはそのなかに着物姿の女性の姿がちらほらと混じっていたことだった。

 ホームに滑り込んできた一本目の電車は満員で、とても乗り込むことができなかった。

「まいったな。次の電車は十分後だって」

 悠人は周囲の人たちの流れから唯をかばうようにしてくれていた。

「乗れるかなあ」

「無理にでも割り込もうよ」

 そうしないと芽衣たちの方が先に着いてしまう。一緒の時間に神社にいないと意味がないのに。

「つってもその着物じゃあな」

 だから着物はいやだって言ったのだ。

「大丈夫だからなにがなんでも乗ろう」

 タイミングがずれると、受験勉強を放置させてまで悠人を連れ出した意味がなくなる。周囲には晴れ着姿の人も結構いるのだ。なんとかなるだろう。

 前の電車にギリギリ乗り遅れたせいで、次の電車を待つ順番は前の方だったから、唯たちはなんとか電車に滑り込むことができた。ただ、座ることはおろかつり革に掴まることすらできない。

「おれに掴まってなよ」

 どこにも捕まっていなくても悠人は上手にバランスを取っていた。

「さすがダンサー。体幹がしっかりしてるんだね」

 照れ隠しにそんなことを口にしながら、唯は悠人の腕に手をかけた。

「だいぶ体がなまったよ。早く体動かしてえなあ」

「大学に行けばいくらでも練習できるじゃない」

「ネットで調べたんだけど、法学部って意外と講義で忙しいらしい。文学部とかにしとけばよかったかな」

「文学になんか興味ないくせに」

「法律にも興味ないから同じだよ」

「今から志望学部変えるの?」

「もう受験日程組んじゃったし面倒だからいい」

 混みあった夜の電車は駅に停まるたびに新たな乗客を飲み込んでいく。やがて電車はもうこれ以上は乗れないほど満員状態になった。

 それだけ唯の体も悠人の方に押しつけられていたけど、もう彼女はあまりうろたえずに素直に悠人に身体を預けた。唯の体重を身体で感じたであろう悠人は何も言わずに横顔で微笑みを見せた。

 窓の外では、線路と平行に走っている国道に沿って並んだガソリンスタンドやファミレスや車のディーラーの店の灯りが、車窓を華やかに彩りつつも一瞬で目の前を通り過ぎていく。ふだんはこんな時間まで空けているはずのない店舗まで、内側から明るい光を放っている。やはり大晦日や元旦って特別な日なんだなと唯はあらためて思った。

 電車が次の駅に停まると、車内にいる人の半分が雪崩を打つように降車していった。その駅で降りる人々に押され、出口の方に引きずられそうになった唯の肩を悠人が抱き寄せ、車外に押し出されそうな彼女を助けてくれた。

「なんでここでこんなに降りるのかな」

「知らねえの? ここにも有名な神社があるじゃんか」

「ああ、それでか」

 一瞬、芽衣と約束した神社はこっちではなかったか不安になった。いや海辺の方でいいんだ。海辺の国道が渋滞したら少し待ってもらうかもと芽衣が言ってたことを、唯は思い出した。ここにも神社があるとしても、ここはまだ内陸部だ。

 電車が再び動き出したとき、車内は他人に触れないで立っていられる程度に空いたが、悠人は唯の肩を抱いたままだった。

 やがて町中を過ぎて車窓は暗く沈んだ。暗い海辺に出たのだった。ただ海に平行して走ったのは一瞬だけで、電車はすぐに内陸に戻った。海岸と平行に走っているはずだが海は見えず、町中の灯りが再び車窓に映り込んだ。

 しばらくして電車は照明で構内を明るく照らされた目的の駅に到着した。悠人が唯の肩を離したので、彼女は彼の腕をとった。その体制のまま唯たちは改札を出て神社の方に歩いて行く人たちの後に続いて歩きだした。

 芽衣たちはいないだろうか。唯は悠人に気取られないように注意しながらあたりを見回してみた。そうして思ったのだが、同じ時間帯に同じ場所にいれば容易に出会えるだろうというのは甘い考えだったかもしれない。これだけ人が多いとすれ違うことすら難しいのではないか。そう危惧しながら大きな赤い一の鳥居の下をくぐったとき、スマホが振動した。唯はそっとディスプレイに目をやった。芽衣からだ。

『道が混んでいる。まだ海辺にすら出られない。神社に着く頃には年が明けていると思う。そっちは今どこ?』

 簡潔でわかりやすい文面だが、女子高生同士のメッセージとはほど遠い。まるで仕事の報告のようだ。

 あのいつも落ち着いているような芽衣も、さすがに緊張しているのだろうか。

 それはともかく芽衣たちは遅れているらしい。では唯たちが先に神社に到着することになる。この神社の初詣には、毎年テレビで放映されるほど長大な参拝の行列ができる。そこで並んでいれば芽衣たちも追いつくだろうから、そこで改めてどこで目撃されるか芽衣と密かに打ち合わせをするしかないだろう。いずれにせよ偶然任せにしていたらとても顔合わせなんかできないことは確かだった。

 唯は悠人に悟られないように、どうにか芽衣に返信することができた。あとで見たら既読になっていたのでこちらの意図は伝わっただろう。

 ここまで、振袖や混んだ電車内での悠人との密着の効果もあってか、なんとなくデート気分に染まっていた唯だったが、芽衣と連絡を取ったことで当初の目的をあらためて思い出した。

 今日、秋田は芽衣とともに悠人が唯と初詣でデートしているところを目撃する。つまり、芽衣が悠人に裏切られショックを受けるところに、彼は居合わせるのだ。そのとき彼は何を考えどう行動するのだろう。

 唯は秋田は本当は芽衣のことが好きなのではないかと考えた。ただ、芽衣には悠人という彼氏がいるから、彼は自分の気持ちに折り合いをつけ芽衣に迷惑をかけないため、美咲の誘いに乗ったのではないか。そんな彼が悠人が「浮気」している現場を見て、戸惑い傷ついている芽衣を目の当たりにしたら、自分の気持ちを隠せなくなるのではないか。

 もっとも芽衣はそんな唯の考えに疑問を感じていたみたいで、『大輝君は彼女と一緒にいるわけだし、そんなことしてくれるかな』と言っていた。

 自分のことには楽観的になれない。唯自身も芽衣もそうだ。自分に自信がある人もいる。美咲や悠人なんかがそうだろう。いや、悠人は自信があるようで実はその態度のほとんどは虚勢だ。

 そうじゃない。と芽衣は思った。今日は思考があちこちに無秩序に広がっていき収集がつかない。芽衣のことだ。

 芽衣が秋田の気持ちに自信がないことは、唯にはよく理解できる。自分もそうだったからだ。だけど今ならわかる。

 昔から気持ちを通わせ、同じ時間を過ごし、同じ価値観を共有してきた幼なじみの絆は特別な場合がある。唯と悠人の場合がそうだ。悠人に対する切ない片想いをずっと胸中に暖めてきた唯に奇跡が訪れた今なら。

「黙り込んじゃって、なにを考えてるんだよ」

さっきから考えごとをしていた唯に無視されても我慢していた悠人は少し不満そうだった。

「あんたのことを考えてたんだよ」

「うそつけ」

「ほんと」

 鳥居をくぐってすこし神社の奥の方に行くと、行列の最後尾だった。先頭が見えないくらいの混雑で、よくテレビのニュースで見る光景そのものだ。

「列に並ぼうか」

「ちょっと待って」 

 唯はスマホの画面に目を落とした。芽衣からはなんの続報もない。つまり、芽衣たち三人を乗せた秋田の車は、まだここに向かう途中にいるのだ。 そのとき画面の片隅の時刻表示がひそかに、ちょうど年明けを告げていることに気がついた。

「あけましておめでとう悠人」

「え? 年が明けたの?」

「そうだよ」

「おめでとう唯。この次もおれにおめでとうって言わすぜ」

「あたしも言いたい」

「並ぼう」

 芽衣たちが来るこんな前に列に並んでしまうと、彼女たちに唯たちの姿を目撃させることができないかもしれない。芽衣から到着の連絡があるまでは、少し時間をつぶさないと。

「先に絵馬を書いて結ぼうよ。合格祈願しないと」

「そういうのって参拝の後にするんじゃねえの?」

「別に決まってないでしょ。先に合格しますようにって書いてそこに飾ろうよ」

「じゃあそうしようか」

 おみくじや絵馬で時間をつぶそう。そうして、渋滞している国道でいらいらしているだろう芽衣たちの到着を待つのだ。

 大行列している列を横にそれ、社務所の窓口に向かうとそちらにも行列ができていた。ただ、こちらの行列は数十人程度の列が窓口ごとにできているくらいで、それほど並ぶことはなさそうだった。

「はいサインペン」

「明徳大学に合格しますようにって書けばいいの?」

「それ以外に書くことあるの?」

「唯とずっと一緒に仲良くできますようにとか?」

「そんなことは今はいいのよ。まず大学に合格しなさいよ」

「冗談だよ」

 唯たちは、黒いサインペンで拙く願いを記入した絵馬を絵馬掛所に結わえ付けた。すでにたくさんの絵馬が吊らされていて、ちらりと見るとやはり合格祈願が多いようだった。まだ、芽衣から連絡はない。

「おみくじ引こうよ」

 それでさらに二十分くらい時間を稼げた。

「やべ大吉だわ」

「マジ? いいなあ、あたしは末吉だわ」

「唯は来年大吉ならいいんだよ。おれ、この運勢なら明徳に受かるかも」

「悠人もついに神頼みか」

「うっせえよ。おまえが合格祈願しに行こうって言いだしたんだろ」

「大吉だもんね。がんばれば報われるのね」

「そうかもな。一生で一番勉強したかも。中学受験の頃よりも」

 もうお参りのために並ぶ以外にすることはなかった。

「じゃあ並ぼうか」

「どのくらい時間かかるのかなあ」

「二、三時間はかかりそうだね」

 列に並びだして一時間くらいたった頃、ようやく拝殿とお賽銭の箱が見えた。

 スマホが振動した。『神社に着いたよ。今、列に並んでる』芽衣からようやく到着のメッセージが届いた。

 よし本番だ。今並びだしたということは三十メートルくらい背後にいるはず。離れすぎているし、そもそも背後にいるのでは顔を確認できない。

 唯は幅の広い列の中でなるべくゆっくりと進むことで、後ろの人たちにわざと抜かされるように試みた。さいわい悠人は不振に思うことはなく、彼女が慣れない履き物で苦労していると思ったみたいだった。

 はじめに見つけるのは当然芽衣になるだろう。他の二人と違って探そうとしてこちらの方を見るだろうから、よほどの偶然でもない限り後の二人が第一発見者になることはない。

 唯は顔を見られやすいように横を向いたり後ろを振り返ったりした。もうこれ以上唯にできることはなかった。無事に見つかっていることを祈りつつ、それからさらに一時間かけてようやくお参りをした唯たちは、境内を出て駅に向かう途中にあるファミレスで休憩した。

 芽衣からはまだ連絡がないので、無事に悠人と唯のツーショットを目撃されることができたのかどうかわからなかった。

「なんか考えことしてた? さっきからなんかうわの空って感じだけど」

 注文を終えると悠人が唯を見ていた。

「人出がすごかったから、ぼうっとしちゃってた。ごめんね」

 唯はあわてて苦しい言いわけをした。

 気をつけないと。

「いいけど。おれは今日楽しいな。息抜きしている場合じゃないかもしれないけど、振袖着た唯と初詣デートできると思ってなかったからさ」

「デートじゃないからね。あくまでも合格祈願に来たんだから」

「目的はそうでも結果としてはデートと同じじゃんか」

「大義名分が重要なんだよ。こんな時期に、悠人のママにデートに行くなんて言えないでしょうが」

「そういや唯によろしくって言ってた。忘れてたわ」

 そのときスマホがかすかに振動した。唯はさりげなく画面の通知を見た。芽衣だ。

「ごめん。ちょっとトイレ行くね」

「おう」

 トイレの個室に落ち着き芽衣のメッセージを開いた。

『うまくいった。今、ファミレスのトイレ。あまり長くいられないので、家に帰ったらまたLINEするね』

 よくわからない。もう一言二言足したっていいのに。それくらいの義理は唯に対してあるはずなのに。ただうまくいったということだから、何があったのかはわからないけど、芽衣にとっては満足できる結果だったのだろう。

 連絡がくるまではもうやきもきしてもしかたがない。せっかく悠人と二人でいるのだ。これからは帰宅するまで純粋に彼とのデートを楽しめる。

 席に戻ると顔を上げた悠人が唯に微笑んだ。


 自宅に戻ると、深夜というか明け方の時間で家族は寝静まっていた。唯は苦労して祖母の贈り物の振袖を脱ぎ散らかしてベッドに入った。シャワーを浴びなきゃと思ったのだけど、面倒くさいし物音で家族を起こすのも気が引けた。

 ベッドに横になる前にスマホを確認したが、家に帰ったらLINEすると言っていた芽衣からはなにも連絡はなかった。なにがどううまくいったのか気にはなったけど、眠さが限界だった。

 いずれにせよいい便りなわけだ。唯はそう考えて睡魔に身を任せた。

 翌日、母親起こされた唯は、体感としてついさっき眠りについたばかりのように感じていた。文句を言いながら時計を見ると六時間は寝ていたみたいだ。

「さっきから伯父さんたちが来てるのよ。昨日の夜初詣に行ったって話したら、寝かせといてあげてっていうからずっと起こさなかったけど、いくらなんでもそろそろ起きて、伯父さんと伯母さんに新年のあいさつしなさい」

 そんなことより芽衣だ。芽衣からのメッセージは来ているのか確認しようとしたが、スマホが見当たらなかった。昨日寝るときにどうしたっけ。いつもなら枕元に置いて寝るのだけど、昨日は振袖から身体をたどたどしく解放するのに必死で、脱げた後にそのままベッドに横になったのだ。

「スマホどこに置いたっけ」

「そんなのあとでいいから、リビングに来てあいさつしなさい」

「着替えるからちょっと待って」

「早く来なさいね」

 母親がそう言って出て行ったあと、唯は部屋の中を探し回ったけどスマホが見当たらない。電話して鳴らしてみよう。部屋着から着替えて、階下の家電のところに行こうとしたところで、リビングのドアが開いて母親につかまった。

「やっと来た。ほら伯父さんたちにあいさつして」

「ちょっと電話してか・・・・・・」

 最後まで聞いてもらえずにリビングに引っ張られた。

「唯ちゃんあけましておめでとう」伯母さんが言った。

 伯父さんはパパ相手になにか話し込んでいる。これならあわててあいさつに来ることもなかったのに。

「唯もやっと起きたか。おめでとう」伯父さんがパパとの話を中断して唯の方を見た。

「伯父さんも伯母さんもおめでとう。昨日帰ったのが遅かったの」

「悠ちゃんと一緒に初詣行ったんだって? 相変わらず仲いいねえ」

 からかうように伯父さんが言った。

「同じ学校だもんね」

 伯母さんが取りなすように話してくれた。

「悠人の合格祈願に行っただけだよ」

 唯はそう答えたが、そんなことより芽衣と連絡を取りたかった。

「悠ちゃんは元気なの?」 

 伯母さんが無邪気に話しかけてきた。

「元気だよ。というか、あたしちょっと」

「悠ちゃん今日はここに来ないのかしら」

「あいつは受験勉強で塾に行ってると思う。あたしちょっと電話を」

「そこに座って。お雑煮にお餅いくつ入れる?」  

 早く母親と伯母さんを黙らせないとこの場を脱出できない。

「帰ったのが遅かったんでシャワー浴びてないの。ちょっとお風呂に行ってくるね」

 これなら反対できないだろう。

「じゃあ準備しておくから早くいってらっしゃい」

 ようやくあきらめた母親の言葉に送り出されるようにリビングを出た唯は、階段を上って自室に戻ったところでスマホを探さなければいけないことに気がついた。今、家電のところに戻るにはリビングの前を通らなければならない。またあの人たちにつかまったら、今度こそ脱出できなくなるかもしれない。唯は家の電話をあきらめて、とりあえず部屋の中を捜索することにした。

 そもそも昨日は振袖だったので、母親から借りた和装用バッグにスマホを入れていたのだけど、とりあえずその中には見当たらない。ベッドにも脱ぎ散らかした振袖の下を見ても見当たらない。

 家に持って帰ってきたのは覚えている。やはり電話でスマホを鳴らす方が早い。

 階下に降りてそっとリビングを通り過ぎようとしたとき、母親と伯母さんに見つかった。

「もうシャワー出たの? お雑煮できてるよ」

「いやちが・・・・・・」

 唯は母親から逃れられず、ふたたびリビングに連れて行かれてしまった。

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