第21話

 翌日、登校した唯は芽衣に昨日の首尾を伝えたかったが、教室に入るともう美咲が席についていて芽衣と何か賑やかに話をしていた。

 芽衣はさすがだ。美咲の行動に怒りや不満があるにせよ、そんなそぶりは全く見せない。そしてそういう意味では美咲も同じだった。芽衣を恨んでいる様子も恋い焦がれている様子も、外からは覗えない。

「おはよ」

 唯は二人にあいさつして席に座った。

「おはよう」

 美咲が陽気に返事をした。何か楽しそうにしている。

「朝から元気じゃん」

「明日彼氏とデートなんだって」芽衣がからかうように口を挟んだ。

「あんまりそういうこと言わないでよ」迷惑などみじんも感じていないような声で美咲が言った。

「明日は土曜日か。いいなあ」唯も平静を装って言ったが、芽衣ほど自然に聞こえたかどうかはわからなかった。

「海の方にドライブに行くんだって。彼氏が大学生だとそういうデートもできるんだね。うらやましい」

 芽衣の言葉に美咲が反応した。

「なに言ってるの。芽衣の彼氏はあの悠人先輩じゃない。あんな万能イケメンが彼氏なんてうらやましいのはあたしの方だよ」

 思わず芽衣の顔を覗うと、さすがの芽衣も少し表情をこわばらせていた。美咲の言葉が心に引っかかったのだろう。悠人と秋田さんを比較され、悠人を彼氏に持つ芽衣がうらやましいと言われたことが。

 芽衣は自分の彼氏の秋田について謙遜したつもりなのだろうけど、秋田のことを幼少のころから好きだった芽衣にとっては、彼を貶められたようで内心穏やかではなかったに違いない。

「秋田さんだって優しそうじゃない。それに中学から明徳なんてすごく頭よさそう」

 芽衣を慮って唯は話題を引き取った。

「うん。彼って優しいよ」美咲が嬉しそうに言った。

 美咲が秋田に対して実は恋愛感情を抱いていないことを知らなければ、その姿は初めて彼氏ができて浮かれている高校生そのものだった。

 だけどこの笑顔は本物じゃないことを唯と芽衣は知っている。この偽りの表情は芽衣に秋田さんを諦めさせるためのものだと唯は思っているが、芽衣が考えていることはもう少しひどいことだった。

 美咲は芽衣に復讐しているのだという。秋田を奪って仲のいい様子を芽衣に伝えて彼女を嫉妬させ、悩ませ、絶望させる。

 その真偽はともあれ、美咲が本気で秋田のことを好きでないことだけは、唯と芽衣の共通認識となっていた。

「いいなあ」

 唯は美咲をからかった。

「唯も彼氏作ればいいのに。最近、影山といい感じじゃん」

 今度は芽衣じゃなく唯がイラッとする番だった。そういえば唯と影山が一緒に帰っていることを、わざわざ悠人に告げ口したのも美咲だった。でもここで美咲とけんかするわけにはいかない。

「影山君とは何にもないよ」

「よく一緒に帰っているでしょ。知ってるよ」

「あれは生徒会が終わって帰るタイミングが一緒になっただけだよ」

「そんなにむきにならなくてもいいのに」

 その言葉にさらに唯のイライラが募った。

 そのとき先生が入ってきて朝礼が始まったため、話はそこで途切れてしまい、唯の感情も波だったままにされたのだった。

 一時限目が終わり美咲がトイレに立ったタイミングで、芽衣が唯の方を向いて自分のスマホを差し出した。

「なに」

 唯は芽衣のスマホを受け取って表示されているLINEのトーク画面を見た。

『明日から集中して受験勉強するからしばらく一緒に遊べなくなるわ。芽衣と一緒に大学に行きたいから少しいろいろ我慢して勉強する』

 悠人からのメッセージだった。

「唯が先輩に話してくれたんでしょ」

「うん。あいつ文句言ってたけど最後は納得させた」

「やっぱり唯が言うと先輩もそのとおりにするのね」

「結構大変だったんだよ」

 唯は悠人の言葉と握られた手の感触を思い出した。いろんな意味で大変だったけど、唯には何かの予感のようなものがあった。

「・・・・・・それで」芽衣がおそるおそる聞いた。「先輩に告れたの?」

「そんなわけないでしょ」

 芽衣とデートせず勉強に専念させるだけであれだけ大変だったのに。そんなに簡単に次の段階にいけるわけがない。もっともある種の予感は・・・・・・。

「そうだよね。唯に告られたらこんな内容のLINEが来るはずないものね」

「約束は守るよ。ただタイミングは任せてせかさないで。あとあまり期待しないで。多分無理だと思うから」

「わかった。大丈夫だと思うけど、唯がだめだったらわたしが別れ話する。でも、その場合は大学受験が終わったらにしないとまずいよね」

 もちろんまずい。受験前に芽衣に振られたら間違いなく悠人の受験は失敗する。昔からずっと悠人を見つめてきた唯にはわかる。悠人の中には強い部分と弱い部分が同居している。

 たとえば強い部分は、先日の学園祭のメインステージ騒動を収めたときの悠人の行動力と説得力のようなもの。あのとき、強面の部長たちも悠人の言うことには従った。悠人のおかげであの場は収まり、無事に学園祭のステージを終えることができたのだ。

 一方、弱い部分は、彼の強すぎる自己愛と一見ハイスペックに見える彼自身の中に潜むコンプレックスに起因するもので、芽衣を巡る秋田への嫉妬はその最たるものだ。

 あれは一義的には芽衣の気持ちや芽衣と秋田との関係性に嫉妬したのだけど、その奥の底面をもう一枚めくると、そこには自分が不合格になった明徳中学校に合格し、今では悠人の目指す明徳大の学生という秋田のステータスに対する劣等感があるのだろう。

 唯は内心ため息をついた。

「その場合は、別れ話は悠人が明徳に合格してからにして」

「明徳に合格しなかったら?」芽衣が無邪気に聞いた。

 もう唯は返事をしなかったけど、ちょうどそこで唯が戻ってきたのでその理由を追及されることはなかった。  

  

 それから一週間が過ぎたが、唯はまだ悠人に告白できないでいた。芽衣は約束を守ってあれから一言も催促してこないが、内心ではまだかまだかと思っているに違いない。芽衣には何も言われないが、それはそれで無言のプレッシャとなって唯の心を苛んだ。

 振られるにせよなんにせよ、悠人に告白する覚悟はかろうじてできていたと思う。ただ機会がない。勉強に専念するように芽衣と会うなと説得した唯は、なんと言って悠人と会えばいいのかわからなかったからだ。

 偶然に会えないかと放課後に校門や悠人の塾のあたりをうろうろしたのだけど、彼には会えなかった。

 こうなってくると、悠人に告白すること自体への精神的な負担より、悠人に会うことができないことそのものが唯の胸中に重く滞った。同じ学校に通い家も近所なのに、ここまで顔を合わさないことってあるのか。ひょっとして悠人に避けられているのか。

 ただ、悠人に会えないことに悩んでいるうちは、それでもまだ心中は穏やかなのだとなんとなく理解はしていた。覚悟があるにせよ告って振られる瞬間はどんなに辛いのだろう。それでももう唯は後戻りできないのだ。

 芽衣との約束を果たして悠人に振られる。唯はその瞬間をただ待っているだけなのかもしれない。自死することを決めた人が、人通りの多さに邪魔されてなかなか決行できない。唯の心境はそういうことに近いのかもしれなかった。

 そんな状態のまま十二月に入ると三年生は自由登校になり、学校で授業を受けている三年生は、推薦などですでに進路を決めている人たちだけになった。もちろん悠人の姿はそこにはなかった。

 たまに教室で聞かされる美咲ののろけ話を信じるなら、彼女と秋田との交際は順調に続いているようだった。

 この頃になると、美咲の芽衣への嫌がらせも堂に入ってきて、最近の嫌がらせのトレンドは、秋田へのクリスマスプレゼントはどういうものがいいかという相談になっていた。

 芽衣は幼なじみだから大輝さんの趣味とか知ってるでしょ? お願いだから一緒に選んでくれない?

 芽衣はよく笑顔で耐えていたと思う。それもこれも唯が悠人に告白できないでいるせいだ。ただもう完全にタイミングを逸してしまっていた。受験間近の今、告白なんて迷惑なことはできない。

 このまま唯が告白できなければ、悠人の受験が終わったとき、結果はどうであれ芽衣が悠人に別れたいと話すことになる。

 ところが意外な時と場所で唯にチャンスが巡ってきた。それは十二月二十四日の学校のクリスマスのミサだった。  

 唯たちの学校はミッション系の私学のため、二十四日の午前中にミサがある。全校生徒が参加しなければならない建前になってはいるが、進学先が決まっていない受験生の不参加は見逃されているため、推薦組以外の三年生の姿をみることはまずない。

 その日の早朝、登校した唯はすでに礼拝服、つまり白いローブを身にまとった芽衣の姿に目を奪われた。そこに天使がいた。そばで美咲がしきりに芽衣にポーズをとらせて写真を撮っている。美咲の礼拝服姿も似合ってはいたが、芽衣の放っているような圧倒的な透明感はない。周囲の男子も平静を装いながらちらちら芽衣を盗み見ていた。

「おはよう」芽衣が唯の方を見て言った。

 今度は芽衣が自分のスマホを取り出して逆に美咲にポーズをとらせている。

「おはよう」

「早く更衣室に行って着替えてきたら? ミサ始まっちゃうよ」美咲が言った。

 二人の時間を邪魔せずにとっとと消えろという意味だろう。  

「うん」

 唯は美咲の幸せな時間を邪魔しないよう教室を出て更衣室に向かった。

 礼拝服を着て混雑した更衣室を出ると、廊下に悠人がいた。唯は頭に血が上るのを感じた。こいつは何をやっているのだ。約束はどうなった。受験勉強を放棄してまで芽衣に会いたいのか。

 一瞬、礼拝服に身を包んだ芽衣の姿が思い浮かんだ。あれだけ可愛ければ無理はないのかもしれない。やはり自分が芽衣に代わって悠人の彼女になるなんてあり得ないのだ。

 悠人は唯に気づいてばつの悪そうな顔をした。唯は彼を無視して教室の方に歩き出した。

「違うんだよ。待てよ唯」

 後ろから悠人の声が追いかけてきたが、唯は無視して歩き続けた。後ろめたいことがあるのか、彼はそれきり唯に声もかけず近づいてもこなかった。 

 芽衣になんと言おう。

 芽衣は悠人に対する唯の影響力を信じていた。悠人が芽衣と別れて唯と付き合うことはなくても、悠人は唯の言うことだけは耳を傾けると信じてくれていたと思う。

 それなのに、芽衣に会わないと言っていた悠人はあっさりと前言をひるがえし、芽衣に会うためだけに、のこのこと興味の欠片もないはずのクリスマスミサに現れた。受験前なのに。

 とにかく芽衣には悠人が来ていることを警告しよう。その後、芽衣が悠人を避けるか話しかけるのかは彼女が決めることだ。

 芽衣は悠人が来ていることを聞いてどう思うのだろう。唯に失望するのだろうか。自分が考えていたより、悠人は唯の言うことなど重視していなかったのだと。

 教室に戻って芽衣を目で探すと、相変わらず美咲と二人で何かしゃべりながら笑っていた。美咲が一緒にいるのでは悠人が登校していると芽衣に警告することもできない。

「唯の礼拝服姿もかわいい」美咲がこっちを向いて言った。

 「も」ってどういう意味だ。それにそう言った美咲は、唯のときと違い唯を撮影する気はないらしい。

「唯かわいい。こっち向いて」

 美咲の態度に唯が気を悪くするのでは慮ったのか、それとも考えづらいけど本当にかわいいと思ったのか、芽衣がスマホのカメラを唯に向けた。

 こんなことしている場合じゃないのに。そう思ったけど、唯は反射的に両手でピースしながら笑顔を浮かべた。

 そのときスピーカーから、生徒は大ホールにクラスごとに集合するよう放送の音声が流れた。

 大ホールの階段状になった座席には、中一から高二までのほぼ全員と高三の一部の生徒が礼拝服姿で学年別クラス別にぎっしっりと座っていた。 高三の生徒で参加しているのは、推薦やAO入試で合格が決まっている人たちだけのはずだった。もちろん悠人はどちらにも当てはまらない。三年生の席は階段最上段にある。唯は芽衣と美咲の隣の席につくとそのあたりを眺めた。

 はじから一人ずつ確認していくと、中間あたりに悠人が座っていた。芽衣に教えたかったけど、芽衣と唯の間には美咲が座っている。これでは芽衣に伝えることはできない。唯は諦めた。ミサが終わって退場するまでになんとか伝えられればいいのだ。そして芽衣に悠人に会わないように警戒させるのだ。ただミサの最中はもちろん無理だった。

 学校で宗教主任と呼ばれている神父様のクリスマスの説教が始まり、その後に起立した全校生徒による聖歌の合唱が始まったが唯は上の空だった周りの生徒たちが歌い慣れた聖歌を歌っている間は、芽衣に警告はできないが考えることはできる。唯は考えた。

 悠人は本当に唯との約束を破って芽衣に会いに登校したのだろうか。受験が終わるまで芽衣と遊ばないと芽衣に宣言した以上、悠人が前言をひるがえして芽衣を誘ったとしてても芽衣は相手にしないだろう。

 ただ、芽衣に確実に会える機会としては、クリスマスのミサ以上に最適な機会はない。何しろ全員参加なのだから、確実に芽衣を捕まえることができる。芽衣は勉強せずに自分に会いに来た悠人に愛想よくはしないだろうが、会ってしまえば少なくとも言葉を交わすことはできるだろう。悠人はそう考えて、勉強を放棄してのこのことミサに来たのだ。先生だって本当は進学先が未定であり、かつ第一志望が危うい悠人にミサに来てほしくはないだろうけど、全員参加が建前なので追い返したりはできなかったに違いない。

 ふと気づくと聖歌は終わり「アーメン」という言葉がホールに響いた。これでミサは終了だ。やがて、先生たちの指示により出入口に近い生徒たちから順番にホールからぞろぞろと廊下に出始めていた。複数ある出入口から外に出るのだが、唯たち高二の近くに出入口はない。

 後部上方をを眺めると高三の生徒はすでにホールから消えていた。芽衣と話したいが、美咲がべったりと芽衣に張り付いていて、とても悠人の話などできる状況ではない。もっともこのまま学年ごとクラスごとに移動する先は自分たちの教室で、そこでホームルームがあって下校となる。なので普通なら悠人と会う時間的余裕はないのだが、唯が心配しているのは、今この瞬間に唯たちの近くの出入口の外で悠人が待ち構えていないかということだった。

 落ち着いて考えれば悠人が芽衣に会って少しくらい話をしたからと言って芽衣と唯の計画は破綻しない。芽衣が悠人と別れると決心している以上、悠人には気の毒だが芽衣との別れを避けるすべはない。それなのになぜ唯は悠人を芽衣に会わせたくないのだろうか。

 高二のクラスが順番に出口の方に移動を始めている。美咲のせいで芽衣と話せる機会はない。

 いらいらしながら芽衣と美咲の話を聞いていると、今日の夜、つまりイブの過ごし方をお互いに確認しているらしい。美咲は秋田と夜のデートがあるらしい。美咲が興奮気味に自分の今夜の予定を芽衣に話していた。そこまでして芽衣に嫌がらせをしたいのか。

「芽衣は今日はどうするの?」

「家でケーキ食べてテレビ見るよ」

「悠人先輩と一緒に過ごさないんだ」

「先輩とは受験が終わるまで会わないことになってるの」

「そうか。前にそう言ってたよね。でもクリスマスくらいはデートしたっていいのに」

「いやいや。受験生にクリスマスなんてないよ」「先輩、明徳合格しそう?」

 わざとなのか嫌がらせなのか、美咲が無神経な質問をした。

「さあ」芽衣が笑ってかわした。

 順番が来て芽衣と美咲が立ち上がって出口に向かって歩き出した。

「ちょっとごめん」

 唯は二人に断り、横をすり抜けて出口に向かった。外で悠人が待っていたら意地でも芽衣に話しかけるのを邪魔するつもりだったが、礼拝服姿の学生で混みあったホールの外廊下に出ても悠人の姿は見当たらない。

 よかった。あとは万一悠人が現れても大丈夫なように教室まで唯が芽衣をガードすればいい。今日はこの後クリスマスページェントというキリスト生誕劇の練習や準備がこのホールで行われる。芽衣も美咲も唯も出演者ではないけど、ステージ係や衣装係の手伝いがある。これをしている間は関係者でない悠人はホールに入れない。

 なんでこんなに芽衣と悠人を会わせたくないのか。悠人が唯との約束を破ることがしゃくに障って意地になっているからか。それとも今更な話だけど、悠人と芽衣を二人きりにすることが耐えられないという気持ちが生まれだしたのか。

 唯は悠人と芽衣が付き合いだしたと聞いたときのあの絶望感を思い出した。あの頃は傷ついた自分の心のケアに精一杯で、悠人と芽衣が一緒にいるところなんか見たくもなかったけど、一方では当たり前だが、今のように二人が会うことを嫌い邪魔しようなんて思いもしなかった。

 告白してもだめだろう。そう思いながらも心の底には期待する気持ちがあるから、前と違って悠人と芽衣のツーショットが邪魔に感じるのだ。

 それがわかったとたん、どういうわけか唯の心は軽くなった。あれほど自信がなく告白することをためらっていたのだけど、ここまで心が乱れて捕らわれているのなら、そこから逃れるにはもう悠人に告白するしかなかった。たとえ結果がどうあれ。

 そう考えると今日の悠人のどうしようもない行動はチャンスかもしれない。悠人を芽衣に会わせず自分が悠人を捕まえて告白しよう。こういう勢いを利用しないといつまでたっても告白なんてできない。

 悠人を求めて高三の教室に行こうとしたそのとき、背後から美咲が話しかけてきた。

「なんで急いでホールから出たの」

 機先を制されて唯はちょっとイラッとした。「なんでもないよ」

「美咲は今夜のイブは何するの?」

「家でケーキ食べてテレビ見るよ」

 唯はさっき耳にした芽衣の返事と同じ言葉を返した。それに気づいたか気づいていないのか、美咲は動じず話し続けた。

「影山とデートとかしないの」

 まだ言うか。恋愛に関して唯を下に見ている美咲にいじられると腹が立つ。自分だってあたしに振られたくせにと唯は腹立たしく思った。。

「だから影山君とはなんでもないんだって」

 というか悠人を探しに行かないといけないのに、美咲相手に影山との仲を否定している場合じゃない。

「影山って唯のこと好きだとわたしは思うな」

 それはどうか知らないが正直どうでもいい。

「美咲の勘違いだって」

 ふと美咲の周りを見ると芽衣がいなかった。唯はうろたえて美咲に聞いた。

「芽衣はどこに行った?」

「トイレ行ってから教室に戻るって」

 まずい。こうなったら自分もトイレにいって芽衣を捕まえようと思ったとき、唯の行動は再び美咲に邪魔された。

「唯にちょっと相談があるんだけど今いい?」

「相談って、ここで?」

「屋上でもいいけど」

「それは勘弁して」

 この寒い中で屋上で美咲の相談とか本気で言っているのか。そもそも唯は悠人を見つけ出してどこかで告白しようとしていたのに、芽衣がここから消えてしまったせいで、芽衣を探して悠人が来てるから顔を合わせないように伝えなければならなくなった。その上さらに屋上で美咲の相談とか冗談ではない。

「長くなるようなら夜にでも電話で聞くけど」

 これで解放してもらえるよう祈りながら、唯は美咲に提案したが、すぐにそれが失敗だったと知った。

 美咲は嬉しそうににっこりと笑った。

「そうか。まだ唯に入ってなかったけど今夜は予定があるからだめなんだ」

 美咲はそう言って何かを期待するように唯を見た。

「秋田さんとなにか予定があるの?」

 根負けしてあきらめた唯は、美咲の期待するとおりの言葉を口にした。

「そうなの。ほら今日イブじゃない。彼とデートなんだ」

「ええ~いいなあ。イブの夜にデートかあ」

 唯は再び期待されているとおりの言葉を口にした。そして付け加えた。

「相談って秋田さんのこと?」

「ううん。芽衣のこと。歩きながら話すよ」

 彼女は唯の腕をとってホール前のトイレから離れていった。これでは逃げられない。どこかで悠人と芽衣がはちわせしないことを祈るしかない。

「芽衣がどうした?」

「悠人先輩と芽衣ってなんかあったか知ってる?」

「なんかってなに?」

 美咲のこういう勘はあなどれないと唯は思った。彼女は、受験勉強に専念するとかイブにもデートしないとか、そういう二人の状況に疑問を感じたのだろう。

「あの先輩が芽衣に会うのを我慢するっておかしいじゃん。いくら受験があるからって」

 やはりそこが気になっていたのだ。

「志望校に合格するかどうかっていうときに、一月かそこら我慢できなくてどうするの」

「唯がお節介なことしたんでしょ」  

「してないよ。あの二人の問題でしょ。なんであたしが首突っ込まなきゃいけないのよ」

 まずい。なんでだか知らないけど、美咲はかなり真相に近づいてきている。とにかくしらを切るしかない。美咲に知られることだけは避けなければならない。なぜなら芽衣と唯の目的は、最後には秋田さんと芽衣が付き合い出すことだから。そのためには美咲と秋田さんを別れさせなければならないから。

「本当?」疑り深そうな声で美咲が言った。

「本当だよ」

「そしたらなんでだろ。いくら受験があるからって校内でも会わずに口も聞かないなんてさ。このまま別れちゃいそうじゃない」

 美咲が心配そうに言った。

「なんでそんなこと考えるのよ」

「悠人先輩が芽衣のこと好きなほど、芽衣は先輩のこと好きじゃなさそうだから」

 やはり美咲は芽衣の悠人への気持ちを察していたのだ。それにしてもこんなところでするような話じゃない。この話がまだ続くのなら、それこそ吹きさらしの寒い屋上に行くべきかもしれない。

「そうなの? あたしにはよくわからないけど」 嘘は言いたくなかったけど、こう言う以外に言いようがない。

「唯が知らないならいいや。忘れて」

 あっさりと話は終わってしまった。話しながら歩いていたせいで、すでに教室の近くまで来てしまっていた。

 もう悠人が来ていることを芽衣に話すことを考えるより、自分で悠人を捕まえた方が早い。唯はそこで立ち止まった。

「ちょっと生徒会室に行く用事があったんだった」

 唯への用事が終わったせいか美咲は気にもしていないようだった。トイレに行っただけにしては芽衣はずっと姿を見せなかったな。唯はふとそう思った。

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