印鑑5人

ミーミー

1話完結

印鑑5人



私は3度離婚し、今4人目の夫と暮らしている。

山本典子54才。


前の夫たちに未練はない。

最低なやつもいたし、

私が最低なこともあった。


旧姓は「中島」

23で1度目の結婚。「島田」になった。

島田歴は8年。


31で中島にもどり、

35の時に「田中」になった。

田中歴は短く3年。

田中の時は勢いで結婚したこともあり、離婚も勢いだった。人間、勢いは大切だけど勢いだけじゃどうにもならないことがあるということを知った3年間だった。


少しだけ反省して、10年間独り身でいたが、

運命的な出会いをし「一条」と結婚。

今度こそは!と思っていたのに一条は若い女と逃げた。

一条歴も…3年だったかな。


2度目、3度目は3年ずつしかもたなかったから、もう4度目はないと思っていたけど、どういうわけだか今の夫「山本」と結婚。今回こそは3年以上もつといいな〜。いや、一生添いとげるつもりで結婚した。4度目の正直はなるだろうか。


と、いうわけで私は今までに5つの苗字を持って生きてきた。


手続きに必要だったりしてなんとなく捨てられずにとっていた印鑑。

今、私の手元には5つの印鑑がある。

旧姓にはちょくちょく戻っていたから「中島」は必要。

「島田」「田中」「一条」はもういらないことはわかってはいるけど、万が一、何かあった時のために…

本当はこのままずっと「山本」でいたいけど。「先のことはわからない」ということを3度の離婚で学んだからね。



ある日、銀行に行こうと「山本」の印鑑を探した。山本はあったけど、いつも5本入っている印鑑が4本しかない。

はて?誰がいないのか。

4本をじっと見つめて

「田中」がいないことがわかった。


もともと、真ん中の3人の印鑑はもう必要ないのだ。田中はどこかに転がっているのだろうとその時は別段気にすることはなかった。



********************



俺は山本幸四郎。

典子と結婚して2年になる。

俺は初婚だったが妻は4度目の結婚らしい。

「もう結婚はこりごりなの」と言って笑う典子には不思議な魅力があった。

3度も失敗した人じゃなくて、3度も出来た人、なのだと思った。

俺はどうしても典子と結婚というものをしたくなった。「一生幸せにするから」と頼み込み、今に至る。


俺にとっては初めての結婚生活。何もかもが新鮮だった。

好きな人に「いってらっしゃい」と送り出し「おかえりなさい」と迎えてもらえる生活。おはようもおやすみも、一緒に食べるご飯も。

良い人と結婚したと思っている。

一生手放したくない。


だが妻はどうだろう。

なんせ4度目の結婚だ。

彼女には少しふわふわしたところがあって、目を離すとどこかに行ってしまいそうな危険な雰囲気がある。

この年になって、浮気なんてことは考えたくないが…


先日、マンション購入の手続きをしている時に典子が過去の夫たちの印鑑をまだ持っていることを知ってしまった。


「必要ないことはわかってるんだけどね、何かあったらいけないからなんとなく捨てられずにきたの」と笑う典子。


「何かあったら」ってなんだよ。

3度も離婚した人あるあるなんだろうか。


その日から俺は自分の妻を少しだけ怪しむようになった。


過去の夫たちの名は「島田」「田中」「一条」

どの男とどういう別れ方をしたのか。どういうやつだったのか。どう思っていたのか。彼女はあまり語りたがらないが、

俺は「何かあったら」が気になって眠れない。

典子はずっと「山本典子」のままでいいんだろう?

もしかしたら…

考えたくはないがどこかに戻る気なのか?

だから印鑑を大事に持っているのかもしれない。


俺は3人の夫たちのことを調べることにした。


探偵を雇って3人それぞれ調べてもらったのだが、

2番目の夫「田中」には驚いた。

ちょうど田中について調べている時に交通事故で亡くなったらしい。

典子にもそのうち連絡がいくだろう。

典子、もう「田中」には戻れないんだよ。

ふと思い立って、俺は典子が大事にしまっている「田中」の印鑑をこっそり処分した。


4本になった印鑑を眺めて少し気持ちがスッとした。

だが次の瞬間、

「山本」だけでいいのにな。という変に落ち着かない気持ちが芽生えてまたモヤッとした。


ありがたいことに3番目の夫「一条」は行方不明になっていた。若い女と逃げたあと、その女とはまた別の女と逃げてどこに行ったのかわからないらしい。

そういう男なのだ。典子は男運が悪い。

できるだけ遠くに逃げてくれていると良いのだが。できれば海外にでも行っててくれ。典子の近くに帰ってこないでくれ。


「一条」の印鑑ももういらないだろう。

処分しなければ。

俺の心は弾んだ。



典子が「一条」の印鑑もなくなっていることに気づいたのは「田中」の印鑑がないことに気づいた日から10日ほど経ったある日のこと。

「田中」の今の妻から連絡があったのだ。田中が交通事故で亡くなったのだと。

私は驚いた。驚いたけれど悲しくはなかった。既に田中は自分の中には居ない人。夫婦だった期間があるとはいえ、ただの知り合いのような遠い存在に感じた。

悲しくはない。

悲しくはないけれど引っかかるものがある。

ふと、私は5本あったはずの印鑑の中から「田中」がなくなっていたことを思い出した。

それで印鑑入れを覗いたのだ。

すると今度は3本になっていた。「一条」がない。


さすがに不思議に思った。

大事にしまっている印鑑がなくなること自体が気持ち悪い。

私はどこかに落としていないか、ようやく真剣に探してみた。

印鑑袋を入れていた箱の中身を全部取り出して「田中」「一条」を探す。無い。キャビネットとデスクの隙間、無い。這いつくばって探したり、本棚をひっくり返したり。そんなところにあるはずもない所まで探す。リビングに印鑑袋を持って行った記憶はないけど念のため。ソファーの隙間をクッションを持ち上げながら探している時に私はあることを念じていた。

(お願い!どこからか見つかって!何事もなかったように2人の印鑑が出てきますように)と。

だって、この家で私以外にあの印鑑に触れることができるのはあの人しかいないのだから。



ー2ヶ月後。

私は「中島典子」に戻っていた。


山本が私の最初の夫である島田相手に殺人未遂事件を起こしたからだ。

出張だと嘘をつき、島田が住む大阪にまで行って電車のホームで背中を押した。島田は運良く助かったし、周囲に目撃者が沢山いてすぐに逮捕。

山本は「典ちゃんがずっと山本でいられるように3つの印鑑を消そうと思っただけだ」と言った。

山本と添い遂げるつもりでいたのに3年もたなかったことに笑いがこみあげてくる。

私は男運が悪い。


山本の印鑑は捨てた。

もう「中島」1本で生きていく。

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