Day26『すやすや』:ある移動中の話

 だだっ広い平原を一台の幌馬車が走っていた。

 幌馬車の持ち主は御者台から手綱を握って二頭の牛を統率しており、その隣には地図を持つ茶髪に一房たけ藍色のメッシュを入れた少年が道案内をしている。

 とある町に到着した一行は、そこでとある依頼を受けた。それは辺境の村々へ食料や資材などを届ける運び屋を護衛をしてほしいというもので。昨今の世界情勢から流通など配達業や運送業の芳しくない状況が続いているのもあり、彼らは二つ返事で答えた。

 そうして現在、二つ目の村を出て三つ目の村へ向かう最中なのだが、見晴らしの良い平原を抜けるだけということもあり道中は緊張感もなく穏やかだった。

 木箱が大量に積まれた荷台の先頭、御者台のすぐ後ろ付近に座る橙髪で糸目の青年はのんびりと空を眺めると、大きな欠伸を零す。

「くぁ〜。今日は平和だねぇ〜」

「たまにはこういう日も悪くないですね〜」

 青年の肩には緑髪で小さな妖精の女の子が座っており、足をパタパタとさせながら青年と同じようにのんびりと空を見上げていた。

 この二人が御者台のすぐ後ろに座っているのは、彼らの索敵能力が非常に優れているからだ。盗賊や魔物など敵対する者の気配を感じたらすぐに御者台に座る少年と相談して対策を練るためである。ということもあり残りの仲間たちは有事の際にはすぐに対応できるよう荷台の後方に詰め込まれている。

 ガタガタと音を立てて進む馬車と天井近くにまで積み上げられた木箱のおかげで前方と後方での会話は声を張り上げなければできないためか、後方の仲間たちの話し声は彼らの耳までは届かなかった。

「話によると、次に向かう村は人間と魔物が共に暮らしているみたいだよ」

「それは珍しいですね。うふふ、そしたらわたしも久しぶりにモイちゃんの村探検に参加できます〜」

「ティアリーが一緒だとモイは嬉しそうだからね。自然豊かな小さな村だって聞いたから、楽しい探検になるといいね」

「はい! ……あっでも、自然豊かな村なら絶対レジーナが大はしゃぎしそうですね。きっとレジーナ、一目散に走り出しますよ〜」

 ティアリーはクスクスと楽しそうに笑いながら翅を小さく震わせている。彼女の頭の中では、初めて訪れる村をモイと一緒に探検をする楽しい時間と、それを終えて仲間たちの元に帰った際に出迎えてくれる両手いっぱいに薬草や花を抱えた泥だらけのレジーナの嬉しそうな笑顔と、そんな彼女に小言を言いながらもどことなく楽しげなアクセプタの姿の、そんな一時の想像が巡っていた。

「グロウィンは村に着いたら何をするんですか?」

 ティアリーの質問にグロウィンことグローウィンは空を見上げたまま遠い目をする。

「自分はたくさん休めると嬉しいなあ」

「休めますよ。今はお金稼ぎをする必要はないですし、小さな村ならわたしたちは特にやることもないですからね」

「そうだといいんだけどねぇ」

「もうっ、心配性ですね。大丈夫です。いざとなったらわたしが休ませてあげます!」

「ティアリーは優しいね」

「グロウィンにはいつも助けられてますから、そのお礼ですよ!」

 ティアリーは腰に手を当てると、任せてくださいと言わんばかりに胸を小さく反らした。彼女が肩に乗っているがゆえにその姿をちゃんとは見れないグローウィンだが、その心遣いに嬉しそうに微笑む。

 それからグローウィンは荷馬車の後方へチラリとを向けてから、再び空へと視線を戻した。

「このまま何事もなく村に着くといいね〜」

「そうですね。今日ぐらいは馬車でのんびりしてたいですよね」

 二人の視線の先、遠くにある煙突の煙がモクモクと空へ昇っていくのがぼんやりと見えていた。

 それからしばらくして。

 幌馬車は何事もなく村の入口へと到着した。

 依頼人でもある運び屋が馴染みの門番へ挨拶しているのを見てグローウィンとティアリー、そして御者台にいたアウトリタは同時に馬車から降りる。しかし、馬車が止まったというのに残りの仲間たちは一向に姿を見せないどころか馬車を降りる気配がない。

「わたし、フリィたちを呼んできます」

「自分も呼んでくるよ〜」

「おう。こっちはオレに任せとけ」

 アウトリタの気前の良い言葉に見送られてティアリーが、そして彼女を追うようにグローウィンが幌馬車の後方へ周る。

「お〜い、みんな〜。村にとうちゃ――――あっ」

 ティアリーが慌てた様子で自身の口を塞いだ。彼女に続いたグローウィンが彼らの元へ顔を覗かせると。

「ごめんね。みんなぐっすり寝ちゃってて」

 そう言いながらフリィは人差し指を口元にあてて静かに、とジェスチャーをしつつ微笑んでいる。

 進行方向向かって左側に手前からモイ、フリィ、アクセプタの順で並び、向かい側の右側には手前からレジーナ、ヒロの順で座っている。幌馬車後方に詰められた彼ら五人のうち、起きているのはフリィだけで、残りは全員眠っていた。

 フリィは彼らを起こさないよう小声で喋りだす。

「出発した頃はモイがレジーナと外の景色を見ながらはしゃいでたんだけど、暖かくて気持ちよかったみたいで、気付いたらセプたんが眠ってたんだ」

 アクセプタとモイから枕にされているフリィは、向かい側でレジーナと寄り添い合って熟睡している親友を柔らかい眼差しで眺めている。

 ティアリーは荷台の中を静かに飛ぶとフリィの膝の上に座った。そうしてフリィを見上げると同様に小声で話し始める。

「珍しいですね、セプたんが一番最初に居眠りするなんて」

「ね。だから僕たちもセプたんを起こさないようにしようって静かにしてたんだ。そしたらレジーナが小さな声で助けを求めるから、何かと思ったらヒロがレジーナにもたれかかって寝てたんだ」

「うふふ、レジーナったら照れちゃったんですね〜」

「結局、その後すぐに釣られるようにレジーナもヒロを枕にして寝ちゃったんだけどね」

 フリィとティアリーが小声で話しても馬車の揺れが止まっていても、誰も起きる気配がない。よほど疲れていたのか爆睡しているようだ。フリィが微動だにしないのも、彼を枕にしているアクセプタとモイの安眠を守るためなのだろう。

 その話を聞いた依頼人もまた彼らを気遣い、この後幌馬車は今日の宿代わりとなる建物の前に静かに停車する。すやすやと眠る彼らが起きるのは夕食を作り始める頃だった。

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