Day21『朝顔』:とある早朝の話
空が白くなり始めた夜明け頃。
静まり返った町の宿の前、少年が屈伸をしたりアキレス腱を伸ばしたりと軽い準備運動をしていた。
しばらくすると、宿の扉がゆっくりと開く。
中から出てきたのは無表情の少女だった。
「おはよう、トリたん。今日も早いね」
「おう、おはようさん。モイも早起きだな」
少年はニッと笑って答えた。
トリたんことアウトリタが中断していた準備運動を再開すると、モイも真似するように身体を動かす。
「今日は何するの?」
「とりあえず町中二周は確定してっけど、後は何も考えてねぇんだ。モイはやりてぇことあるか?」
「ワタシ、トリたんと組み手したい」
「あー組み手かー。……まあ、たまには構わねぇか」
「絶対だよ」
会話が途切れ、そのタイミングでアウトリタとモイは同時に走り出した。二人は、全力疾走というよりも軽いジョギングくらいの緩やかなペースで並走する。
最初の角を曲がったところでモイが口を開く。
「トリたん、ワタシとは全然組み手の相手をしてくれないよね。あとヒロとも。フリィやレジーナとはよくしてるのに。何で?」
「そりゃあ、お前やヒロはすぐ本気になるからな。お前らがしてんのは組み手じゃなくて模擬戦なんだよ」
「何が違うの?」
「オレの場合は、相手の動きや立ち回り方の癖を把握しつつ戦闘で連携が取りやすくなるよう組み手してっからな。戦い方や技を磨く特訓をする模擬戦とはまた違ぇんだ」
「つまり?」
「戦闘中、フリィとレジーナはお前やヒロの隙をカバーしつつ戦いやすいように立ち回るだろ。けどオレはあいつらみてぇに器用じゃねぇから、実際に見て覚えねぇと上手く連携できなくてよ」
「なるほど」
モイはひとつ頷いた。
彼女のあまりの無表情さから伝わっているのか不安になるアウトリタだったが、案ずることはない、モイはアウトリタが不器用なことくらいしか理解していない。何しろ、最前線でヒロと並んで猛威を振るうモイは、目の前の敵を全部殴り飛ばせば大事な仲間を守れるという単純な思考で動いているので、連携なんて複雑なことは難しくてよくわからないのである。
そうして二つ目の角を曲がった時だ。
「見て、トリたん。綺麗な花が咲いてるよ」
「お、朝顔か。懐かしいな」
喫茶店らしき建物の軒先の屋根まで伸びる棒に巻き付くように植物が育っており、その途中に藤色や水色の花がポツポツと咲いている。
「あのラッパみたいなお花、朝顔っていうんだね」
モイは足を止めて朝顔を見た。
それに気付いたアウトリタも少し離れたところで足を止めて、彼女の様子を見守る。
「朝顔も早起きなんだね」
「本当かどうかは知らねぇけど、朝にしか咲かねぇから朝顔って話を聞いたことあるぞ」
「朝以外は何してるの?」
「花を閉じてるらしいぞ」
「早寝早起きなんだね」
朝顔を眺めるのに満足したモイが再び走り出し、アウトリタもその隣に並ぶ。
「まあ、オレも花のことはよくわかんねぇから、ちゃんと知りたかったら後でティアリーかレジーナに聞いてくれや」
「わかった。朝ごはんの後で一緒に聞きに行こうね」
「ん? オレも一緒に行くのか?」
「もちろん」
モイは大真面目に頷いたが、それを聞いたアウトリタは少しだけ面倒そうに表情を曇らせた。
その境遇も相まっていろいろなものに興味を持つ好奇心旺盛なモイと違いアウトリタは植物には一ミリも興味がないのである。怪我をした時に傷口に貼ると良い薬草とか遭難した時に非常食になる木の実とか万が一に備えた知識はあるものの、道端に咲いている花の種類や名前はわからなくても生きていけるので知りたいとは思っていない。そんな彼が朝顔は知っているのは、かつて暮らしていた孤児院に咲いていたからだ。
表情を曇らせたアウトリタの横顔を見つめていたモイは、ふと、良いアイデアを思いつく。
「じゃあトリたん、賭けをしよう」
「は? 賭け? どうした突然」
「この後やる組み手で、ワタシが勝ったらトリたんも一緒に聞きに行って、トリたんが勝ったらワタシ一人で聞きに行くよ」
そう言ったモイは無表情のままだったが、その口角は心なしか少しだけ上がっている。彼女が兄や姉のように慕う人たちの真似をしているのだ。
何を隠そうモイは以前、ヒロが模擬戦の相手をしてほしいと消極的で乗り気ではないレジーナに断られつつも熱心に頼み込んでいたところに、フリィが賭けをするのはどうかと笑顔で提案して二人が模擬戦をすることになった場面を目撃していた。本気では嫌がっていない相手にこの方法は有効だと学んだのである。
「って待て。組み手で賭けって何だ? 模擬戦と間違えてねぇだろうな?」
「負けないからね、トリたん」
「………………まあ別に構わねぇけどよ」
そうして走り込みを終えた後、モイとアウトリタは組み手という名目の激しい模擬戦を繰り広げることとなる。拮抗した攻防の末にモイが地面を割ったことにより勝利を収め、二人は朝食後にティアリーから朝顔にまつわる長い長い話を聞いたのだった。
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