Day19『爆発』:ある買い物中の話
「そこの人参色の髪のお兄さん!」
買い物中の仲間を待っていたら向かいの露店から声が投げかけられた。
「自分かい?」
「そうですよ、糸目で男前なお兄さん! 珍しい道具を取り揃えてますよ、ちょいと覗いてみませんか?」
「それは面白そうだね」
露店の店主に呼び込まれるまま、ふらりと店先へと足を運んだ。買い物をしている仲間は露店の店主に値引き交渉を始めたところだったので、まだしばらくは時間がかかるだろう。
旅の途中、食料が底を尽きかけていたので補充のためにとある町に立ち寄った。その町では週に一度のバザールが開催されており、多種多様な露店を前に食料以外に旅に必要な物も買うことになった。八人の仲間たちは三手に分かれてそれぞれ買い物をしている。
八人という大所帯での旅ともなれば、所持金は常に底を尽きそうな節約必至の貧乏旅である。だからこそ一緒に買い物をしている彼女は、いくらあっても足りない大量の新鮮な食材を少しでも安く買おうと値引き交渉をしているのだ。
「へえ。いろいろな物があるんだね」
露店には、ずっと首を縦に振る不思議な赤い生き物の置物や変な模様が入った白や黒のキツネのお面、風が吹く度にチリンと可愛らしい音を鳴らすガラス製の壁飾りなどが陳列されている。
「小さな隠れ里で作られてる雑貨なんですよ」
「すごいね〜。初めて見る物ばかりだよ……おや?」
綺麗に並んだ商品の一つ、色合いの違う木を組み合わせて作った箱が目に止まる。色の濃淡で表現された幾何学模様はシンプルながらもお洒落なデザインだ。
その一つを手に取れば、店主は嬉しそうに笑った。
「それは寄せ木細工って言うんですよ! とても人気な品で、今日だけでもう四つは売れてるんです!」
「すごいね。この箱、そんなに人気なんだね」
「実はその箱、小物入れなんですよ。ちょっと失礼して、ここをこうして、こうすると……ほら! 蓋が開く仕組みになってるんです!」
「おお〜。それはすごいね」
店主が箱の側面の木のパーツを滑らせたり押し込んだりすると箱の蓋が開いた。中を見ても普通の小物入れで、先程披露されたような仕掛けがあるようにはみえない。
「蓋を閉めたら仕掛けを戻さないと、すぐにまた開いちゃうのが難点なんですけどね」
店主は笑いながらそう言って箱の蓋を閉めて仕掛けを元に戻す。再びただの箱に戻った寄せ木細工とやらを店主から受け取り、マジマジと眺める。側面も底面もとても綺麗で種も仕掛けもあるように思えない。
こんな珍しくて面白い小物入れは、仲間たちもみたら大喜びするに違いない。そう思ったら買う以外の選択肢はなかった。
「これ一つもらってもいいかい?」
「はいよ! 毎度ありがとう!」
預かっていた金で会計を済ませて、露店を離れる。
値引き交渉中の彼女にここで待っていろと言われた場所へ足を向けると、そこにはすっかり買い物を終えた彼女が仁王立ちで待っていた。
「ニ〜イ〜サ〜ン〜?」
「あ。買い物は終わってたんだね〜」
「終わったんだね、じゃねーんだよ! 何余計なモン買ってんだ! 金がねーって言ってんだろ!」
「ほら、そう簡単には開けられない小物入れだよ。模様がお洒落で気に入ったんだ」
「小物入れなんか使わねーだろ!!」
怒り爆発の彼女は苛立ちを隠すことなく自身の髪を掻き、それから地団駄を踏む。もう一度乱暴に髪を掻いた彼女は、深く長いため息を吐くと、買った食材の詰まった紙袋を渡してきた。
「……ま。使った分の金は明日キッチリ稼いでもらおうじゃねーか」
彼女は有無を言わさぬ口調でそう言い放った。
どうやら、明日は休暇ではなくバイトをしなくてはいけなくなったようだ。下手な反論で彼女の怒りの炎に油を注いで二度目の大爆発をさせたくなかったので黙認して素直に受け入れることにした。
そうして仲間たちと合流した後。
三手に分かれていた仲間たちそれぞれのグループが同じように寄せ木細工の小物入れを持っていた。仲間の一人が全部デザインが違うんだなとテンションを上げ、また別の仲間が早速他のグループが買った寄せ木細工の仕掛けをあっという間に開けた中。
怒りを通り越して呆れた彼女が、深い深いため息を吐いた。どうやら、予想外の展開に彼女の怒りは不発に終わったようだ。
翌日、仲間全員でそれぞれ働いて、寄せ木細工三つ分の金を稼ぐことになった。
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