Day15『解く』:ある問題の話
夕食後の軽い運動という名の町中一周ランニングを終えて宿に戻ってきて、汗を流そうと二階の大浴場に向かったところ。待合スペースのソファに座って何やら考え込んでいる友人を見つけた。
「よっ。珍しいな、一人でいるなんてよ」
話しかければ、爽やかな笑みが返ってくる。
「帰ってきたのか。これから風呂か?」
「まあな。汗かいたまま布団に入りたくねぇんだ」
「わかるぜ。俺たちも同じ理由だ」
「たち? っつうことは誰か待ってんのか」
「ああ。知ってたか? 女の子は風呂上がってからも長いんだぜ」
彼はそう言うと女湯の暖簾を示した。
その言いぶりから察するに、彼はその仲間と二人で大浴場に来たようだ。仲間の女性メンバーのうち、運動せずともこんな時間帯に本日二度目の風呂へ行くような、そして、彼にそんな戯けた言葉を返せるような人物は一人しか知らない。
お転婆な彼女の気持ちを知っている身としては、もしかしたら他のメンバーも気を利かせて残った可能性もあるなと思えた。
「なるほどな。それで待ちぼうけか」
「俺たちの部屋がこの一つ上の階とはいえ、先に帰るのも申し訳なくてさ。部屋に帰ったら後はもう寝るだけだし、それなら待ってようかと思ってな」
「で、待ってる間に考え事か」
「大したことじゃないんだ。ただ、問題が難しくて全然解けなくてさ」
夕食後、彼は親友をはじめとした仲間たち数人とナゾナゾ大会みたいなクイズの出し合いをしていた。
ついでに言えば、夕食の際に一緒にやらないかと誘われてはいたのだが、如何せん頭脳労働で足手まといになる経歴があるほどに頭を使うのは苦手だったので迷わず断り、日課のランニングに出たのである。
あれからそこそこの時間が経っているが、まだナゾナゾ大会は白熱しているのだろうか。
「まさか途中で抜けたのか?」
「そんなわけないだろ」
しかし、彼はカラリと笑って否定した。
「終わった後でここに来たんだが、ちょうどこの時間帯は大浴場の利用客が俺たちしかいなくてさ、露天風呂で感想を話してたんだ」
その言葉に一瞬疑問符が浮かんだが、何てことはない、この大浴場の露天風呂は男湯と女湯を背の高い石壁と鬱蒼と生い茂る植木で隔てている。なので、向こうの騒ぎ声や怒鳴り声が筒抜けになる露天風呂に限った話ではあるが、彼らのように会話をすることは可能なのである。
「俺もあいつも、水平思考問題ってやつが気に入ってさ。楽しかったよなって話をしてたら、まだまだ問題あるよって追加でもう一問出してくれたんだ。これがまた難しくてさ」
物言いこそは困ったような言い方だったが、その表情はずいぶんと楽しそうだ。
「ふーん。よくわからんが、楽しそうだな」
「考えるのも楽しいんだ」
そう言って彼はニヤリと笑うと言葉を続ける。
「問題はこれだ。……母親と二人暮らしをしている、母親想いの青年がいます。ある日、青年は足腰が弱っている母親に「二階から物を取ってきてくれ」と頼みました。なぜでしょうか?」
「うわ止めろ。そんなんわかるわけねぇだろ! モヤモヤ考えながら風呂入りたくねぇんだよ!」
「ははっ、そういうと思ったぜ。ヒントにはならないかもしれないが、青年は性格が変わったわけでも、母親のことが嫌いになったわけでもないそうだ。あと、母親に頼んだのはそれが一番楽だから、らしいぞ」
「ますますわかんねぇ! ダメだダメだ、一生考えたって答えなんか出ねぇよ。風呂入って忘れる」
「悪かったって。答えがわかったらすぐ教えるさ」
「絶対だぞ! すぐに教えてくれよ!」
「ああ。任せてくれ」
彼はニッと爽やかに笑った。
それに答えるようにヒラリと手を振って暖簾を潜った直後、彼の待ち人が出てくる声が聞こえた。
ほんとに待っててくれたんだと驚く彼女に彼は、さっきの問題の答えを考えてたらあっという間だったと答えている。続けて、一階の売店に風呂上がりのアイスを買いに行こうと誘う彼とそれに大喜びで答える彼女の会話が聞こえ、ややもせずに、睦まじげに話す彼らの声がゆっくりと遠ざかる。
あの調子ならその答えが聞けるのは明日だろうなと思いながら脱衣所へ向かう。案の定、問題を解いた彼から待ち望んでいた解答が聞けたのは、翌日の朝食の席でのことだった。
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