Day04『触れる』:ある自由時間の話

「髪、キレイだよね」

 ポツリと呟かれた言葉に驚いて読んでいた本から顔を上げた。テーブルを挟んだ目の前に座る彼は何食わぬ顔で、手持ち無沙汰にこちらの髪を眺めている。

「……何勇者みてーなこと言ってんだよ」

「そうかな。さっきみんなと髪の話をしてたから、似ちゃったのかもね」

 そう言って彼は、はにかみ笑いを浮かべた。

 褒めたつもりはないのだが、そんなリアクションをされるとこちらが反応に困ってしまう。

 気まずい気持ちを誤魔化すように自身の燃えるような赤い長髪をポリポリと掻けば、目の前の彼は同じように彼自身の色を塗り忘れたかのような白い短髪を少しだけつまみ上げだ。

「僕はよくわかんないんだけど、この時期って湿気のせいで髪がモワッてなるみたいだね」

「あー……、そういやさっき薬屋が言ってたな」

 それはつい先程の会話だ。

 今は自分たち二人しかいないが、少し前まではあと二人ほど仲間がいた。そのうちの薬の調合をしていた仲間が、湿気で髪がモワモワしてるのが気になって集中できない、と嘆いたことから彼らの間で髪の話が始まったのである。

「アタシ、そーゆーのよくわかんねーんだよな」

「きっとモワッてしない髪質なんだよ。全然癖がなくて真っ直ぐだし、艶があってサラサラしてて、いつ見てもキレイですごいよね」

「そ、そりゃどーも」

 彼の言葉通り、自分の髪の毛はどちらかといえば太くて癖ができないほどに固い髪質なので外気の影響なんて気にしたことはないのだが、集中できないと騒いでいた仲間のふわふわした柔らかい髪が湿気や乾燥の影響を受けやすそうなのは想像に難くない。……ちなみにその仲間は気分転換してくると言い残して部屋を飛び出し、もう一人の仲間は呆れつつもそれを追って外出したのである。

「まあ、おかげで髪型に悩んだことねーんだ」

「そうなんだ?」

「一つに結ぶくらいしかできねーしな。いろいろアレンジしたところで、結局、髪が真っ直ぐだからすぐに解けちゃうし」

「ヘアアレンジしようと思ったことがあるの?」

「小せー頃にな。ま、可愛い髪型なんてアタシの柄じゃねーってことだよ」

 自分の髪を一房掴んで、苦笑いを浮かべる。

 髪飾りを使ったシンプルで大人っぽいヘアアレンジなら可能ではあるが、編み込んだり巻いたりと可愛らしい髪型とはとことん相性が悪かった。とはいえ、性格的にも好み的にも、可愛らしいよりも格好良いほうが好みなのでそれで困ったことはないのだけれど。

 話を聞いていた彼は、突然、表情を明るくした。

「僕、やってみてもいい?」

「はぁ? やるって何を」

「ヘアアレンジ。僕、手先が器用だからヘアアレンジも得意そうって言われたことがあってさ、それから一度でいいからやってみたかったんだよね」

 その言葉に思わず呆気にとられた。

 ヘアアレンジができない髪だと言ったばかりだというのに、恐れ知らずにもほどがあるチャレンジ精神である。彼らしいといえば彼らしい言い分だろう。

「…………勝手にしな、アタシは読書してっから」

「うん。ありがとう」

 ニコニコと楽しそうに笑った彼は、それから、おもむろに席を立つと背後へと移動した。

 失礼します、なんて律儀に言ってから彼はそっと撫でるように髪に触れてきた。その手付きが宝物に触れるみたいにとても優しいから、気恥ずかしいような照れくさいような、そんな気持ちで読書を再開した。

 その後、彼は見事なまでに豪華で可愛らしい編み込みツインテールを完成させ、帰ってきた仲間たちから大好評だった。

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