Day02『透明』:ある親友たちの話

 長閑で何もない小さな村。

 元気な木々に囲まれたこの村の雰囲気はまるで、自分たちの故郷の村によく似ている。普段なら穏やかな空気が流れているだろうこの村だが、今日は慌ただしくも賑やかな空気に包まれていた。

 この村で生まれ育った二人が結婚式を挙げる。

 旅の途中で偶然見つけたこの村に何となく立ち寄ったのは昨日の話で、村人たちから話を聞いて、二日後に控えた結婚式に向けた準備を一行総出で手伝うことになったのである。仲間たちは、結婚式のドレスや料理、会場の設営などそれぞれの得意なことで結婚式の準備を手伝っている。

 自分も何かやるぞと意気込んで、何か手伝えることはありますか、と村人の誰に声を掛けても返ってくるのは毎回「こっちは人手が足りてるから他の人に聞いて」という同じ言葉だった。そうして村中をたらい回しにされた挙げ句に同じ人に三度目となる質問をしたところで、自分には任せてもらえる作業がないのだということに気付いた。だから、手伝いに勤しむ仲間たちを少し離れたところから見守ることにした。

 視界の片隅では、仲間のうちの一人が村の女性たちに囲まれながら式で振る舞うパーティ料理の品決めをしている。先程までは、別の女性の集団とウェディングケーキのデコレーション決めをしていたので、ずいぶんとひっぱりダコのようだ。仲間内でも料理番をしている彼女のことだから、人見知りを補って余りあるほどに気合いが入っているのだろう。

 結局やれることがなくて少し離れたところから仲間たちの様子を見守っているだけの自分だって、結婚式の招待状を届けるような作業があれば大活躍できただろう。しかし実際は、この村で生まれ育った新郎新婦には他所に結婚式に呼びたいような知り合いがいないために出番がなくなったともいえる。まあ、このご時世では他の町村に親しい人がいることのほうが珍しいのだから、出番がないのが普通かもしれないけれど。

 みんな楽しそうだなあ……、と無意識に口から言葉が零れていた。胸に浮かぶこの気持ちは、羨ましいというよりも微笑ましいといった感情のほうが近い。大変な準備の最中ですら幸せそうな雰囲気で包まれているのは誰も彼もが、素敵な結婚式にしたいと心から願っているからなのだろう。

「よう相棒。こんなところにいたのか」

 掛けられた声に振り向けば、まるで希望で染めたような輝く金髪の親友が爽やかに笑っていた。手には見たことのあるバスケットを持っているが、その雰囲気から休憩というわけではなさそうだ。

「お疲れ。準備は手伝わなくていいの?」

「お前こそ。何もしてないなんて珍しいな」

「僕は……手伝えることがなかったからいいんだ」

 笑って答えれば、彼は苦笑いだけを返してきた。

 親友はこういう時ばかり勘が鋭いので、その様子から察するに、誰からも作業を分けてもらえなかったことは見抜かれてしまったらしい。幸せが溢れる歴史的な出来事に自分が馴染めないのは十二分に理解しているので、こればかりは仕方ないだろう。

 しかし、親友は隣に立つとニッと笑った。

「ならちょうど良かった。今日中に頼むって任された作業があるんだが、俺には難しくて困ってたんだ」

 そう言った彼はバスケットを見せてくれた。

 仲間のうちの一人が愛用しているそのバスケットの中には、村外れで摘み取ったと思われる色とりどりの花や白詰草が大量に入っている。

「これでフラワーアレンジメントってやつを編んでほしいそうだ。足りなかったら追加で摘んでくるから、華やかで素敵なやつをたくさん作ってくれってさ」

 そう言いながら親友が視線で示した先は村長の家で、確かその中では彼が持つバスケットの持ち主が、ウェディングドレスを製作する村のお婆さんたちに混じってドレスを可愛らしく飾り付けしているところだった気がする。結婚式に欠かせない大事な衣装というのも相まって、寝る間を惜しみつつ交代で仮眠を取りながら作業しているのだと風の噂で聞いた。

 親友に視線を戻せば、彼は困ったような照れたような様子で小さく笑う。

「あいつ、俺がこういう細かい作業が苦手なの知ってるはずなのに、良いから頼むって、俺にしか頼めないって言われたら断れなくてさ。お前がヒマしててくれてよかったよ」

「……。そっか、うん、そっか。それで、作ったやつは何に使うか聞いてる?」

「いや。何に使うかは出来上がったのを見てから考えるそうだ。とにかくいろんな場所に使いたいから、思うままにたくさん作ってほしいって言ってた」

「わかった。僕に任せてよ」

 彼の手からバスケットを受け取ると、早速この場に座り込んだ。中の花たちを改めて見れば編みやすいよう茎を長めに摘んである。きっと、忙しい中わざわざこのために摘んできてくれたのだろう。

 そんなことを考えていたら、隣の親友も同じように地面に座り込んだ。彼はバスケットの中の青い花を一輪掴むと、照れたように笑った。

「せっかくだから一緒に作ろうぜ。……お前が作ったのと比べると俺のは不格好になると思うが、その辺のフォローは頼むぜ、相棒」

 目を合わせないままそう言った親友は、今度は黄色い花を掴む。二輪の花の長い茎を重ね合わせてしばらく固まっていた彼は助けを求めるようにこちらの手元を見て、それから顔を上げて、ようやく目が合った。

 その様子に思わず笑いが込み上げてくる。

「もちろん、任せてよ」

 笑顔で頷いて、赤い花を掴み上げた。

 忘れられない記念日の中で、誰からもすっかり忘れ去られて透明人間のようになってしまっても。見つけてくれる唯一無二の親友がいて、思い出してくれる仲間たちがいてくれるから、自分はちゃんと存在しているのだと思える。

 自分の居場所はここにあると、信じられるのだ。

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