第3話「褒美の処刑」

巨漢、強面、チンピラ。彼らがサンドバッグをひたすら叩く。彼らが

欲しいのは最強の座。ここを抜ければ正規の構成員として迎え入れられる。

その特権があるのだ。ほとんどがサフィーロファミリーの思想に反する

思考を持っている。自分の利益や欲望を優先する荒くれ者ばかり。

この場所、ジムでは行き過ぎた行為をした人間は肉叩きという罰が

与えられる。

今日も一人、その罰を受けることになってしまった。惨い状況だが

そんなショッキングな事象を受け入れる者たちは歓声を上げる。

レスター・ゾーラ、アルメル・ブランシュから見る彼は好青年。

明朗快活な青年。見た目にそぐわない大食い。お世話になっているからと

幼い頃にアルメルは構成員に料理を振る舞ったことがある。誰よりも料理を

気に入ってくれていた。そんな彼の姿は彼が持つ姿の一つ。もう一つは

今の状況だ。


「ホラ、どうした?来いよ」


そう挑発する。逃げ場のない処刑場の中央。レスターは一切武装していない。

堅苦しいスーツも着ていない。


「ぐぬぅ…俺は負けた事なんてねえんだ!テメェをボコボコにして、逆に

這いつくばらせてやるよ!」

「そりゃ面白い」


レスターは両手を広げた。怪訝そうに巨漢は彼を睨む。


「俺をボコボコにしてくれるんだろ?好きなだけ打たせてやる。俺が

飽きない限りな」

「良いのか?だったら遠慮なく―!」


巨漢はレスターの誘いに乗り、剛腕を振るう。その戦いを見ているユリウスは

ここにアルメルがいなくて良かったと胸をなでおろす。同時にレスターが

鉄槌を下そうとしている相手が憐れに見えた。好きなだけ相手に攻撃させて、

その後に叩き落とす。何度も見ているはずだが相手は馬鹿だ。

一種のショーとなった処刑。決められた通り、相手に疲れが見え始めた。

何を考えているのか手に取るように分かる。

巨漢は思った。殴っている相手は本当に人間なのかと。鋼を素手で殴っている

ような感覚。彼がこれまで経験した感触が無い。めり込まない拳、ようやく彼は

理解した。ポキポキと骨の鳴る音。折れる音では無い。レスターは首を曲げ、

骨を鳴らしていた。


「疲れただろ。俺も疲れたよ」

「ぐげぇぇッ!?」


体格の劣る相手のパンチとは思えない威力。吐いた吐瀉物が床に散った。

二発目。吐瀉物ではなく血が吐き出された。レスターの顔を汚す。


「何故、肉叩きと言う名前か…この際だから、もう一度教えてやる。お前らも

あの男のようになりたくなければ気を付ける事だ」


ユリウスは特に目を逸らさない。もう慣れてしまった。巨体が殴られ、蹴られる

事で左右に前後に揺れている。ヴィルヘルムと言う男はマフィアのボスとして

厳しい処罰を与えよとレスターに説明していた。一発で処刑するのは生温い。

じっくり苦しませることが必要だ。特にレスターが支配人となっているジムには

マフィアを理解していないチンピラが多いから。レスターは力を加減しながら

処刑時間を引き延ばす。


「と言っても説明の必要は無いだろう。簡単な事さ。目に余る行為をすれば

レスターのサンドバッグになる」


リングの中央、巨漢の返り血を浴びながら肉を叩くレスターの表情は不気味なほど

清々しい笑顔だ。巨漢は早く気を失ってしまいたいと思っているだろうが、それを

させない。ユリウスは腕時計に目を向ける。そろそろ既定の時間だ。


「レスター」


金網越しに彼の名前を呼ぶ。ユリウスの顔に巨漢の血が飛び散る。


「もうそんな時間か。不完全燃焼だが、仕方ねえ…かァっ!」


顔面を陥没させ、処刑終了。出て来たレスターは普段通りの自我を持ち、

ユリウスを見て頭を下げる。


「悪いな」

「構わない。不完全燃焼だと言っていたな、レスター」


ユリウスは血濡れのレスターに聞く。口元へ垂れる返り血を舌で舐め取る。

二人は同期で親友だ。レスターの異常性をユリウスは把握している。


「そうだ。と言っても、俺は幸せだぜ?可愛い姫様がいて、親友もいて…。

許可さえ出して貰えれば相手を好きなだけ殴れる。ここの支配人であれば、その

機会が何度も巡って来る」

「楽しそうだな。まぁ、これで暫くは暴れる奴はいないんじゃないか?」


そう指摘するとレスターはつまらないという顔をした。


「つまんねえー…」

「というか、さっさと体を洗って来い。そろそろアルメル姫が帰って来る。

卒倒するぞ」


ユリウスはレスターに入浴を促す。浴室へ入ったレスターと別れ、ユリウスは

自分の部屋に戻って来た。彼は裕福な家に生まれた。不満は無かったはずだ。

しかし彼は家を追い出された。彼よりも優秀な子が産まれたのだ。用済みになった

彼は家を出て、一人で生きて来た。培った知識を駆使して、生活していたのだ。

先代ボスは彼が才能に溢れていることに気付き、それを人を守る為に使えと

言った。

彼とレスターは生まれ育った環境が全く異なる。しかし何故か二人は馬が合い、

意気投合。


「ただいまー!ただいま、ユリウス!」


帰って来たアルメルを出迎えたのはユリウスだ。アルメルが突然、鼻を

ひくつかせ顔を顰めた。


「何です?」

「なんか…心なしか血生臭い?生魚とか、料理したの?」


彼も血を浴びていた。洗い流したが、臭いは消せなかったのだろうか。それとも

アルメルが敏感なだけだろうか。偶然にもこの日の夕食には生魚が並ぶ。


「少し手伝ったもので、臭いがついてしまったのかもしれない」


そう誤魔化した。アルメルとて賢く、勘の良い娘。裏社会の人間であるユリウスから

する臭いの正体は理解している。その正体をそっと胸の中にしまった。

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