第2話「姫のショッピング」
二つのマフィアの令嬢。彼女たちに自分が特別であるという自覚は無い。だが
裏社会では彼女たちの事が知れ渡っているようだ。金目当てで彼女たちを
攫おうと必死になるチンピラが多い。
「オイ、あの娘だろ」
「あぁ、間違いねえ。サフィーロの娘だ。高くなるぜ」
「しかも、もう一人はエメロードの娘じゃねえか!こいつぁ、儲かるな!!」
チンピラ集団は動き出そうとしたが、背後から忍び寄る人物に気付かなかった。
群れの最後尾から発砲音が聞こえた。
「ぐあぁぁっ!?」
「だ、誰だ!?」
相手の素性は聞くまでも無かった。右耳に光るサファイアのピアス。続けて三発の
弾丸が相手の額を撃ち抜く。最後の一人の額に銃口があてがわれた。その優男は
フッとこの場に似合わない微笑を見せた。
「聞くまでも無いでしょう。姫様を殺そうとしているんだ。僕たちに殺されるのは
当たり前さ」
「貴様…サフィーロファミリー…!?ぐぎゃっ!」
リーダーと思しき男の額を撃ち抜き、彼は銃を下ろした。ユリウス・ライスター、
ファミリーきってのガンマン、狙撃手。彼が今回扱った銃は特注品で発砲音が
極限まで小さくされている。賑やかな街並みではこの銃の発砲音は無音に等しい。
「では、後始末は任せたよ。ヴィオラ」
「承知いたしました、ユリウス様」
現場には血痕一つ残さない。掃除係という組織がある。そこに属するのは、
ほとんどが女性だ。ヴィオラもその一人。彼女は基本的にユリウスに付き添い、
そして従う。彼女と数名の掃除係が額に穴の開いた死体の回収と現場の清掃を
行う。彼らは極悪な人間集団ではない。一般人には基本的に手出しはせず、
手を出すのは悪党のみ。元通りにして、静かに立ち去る。
この騒ぎを近くを通るアルメルやレベッカが知る由もない。
「最近、物騒だよねアルメル。麻薬中毒者がいるんですって」
妙な薬が出回っているらしい。厳しい取り締まりの小さな穴を突いて
売り込みをしているようだ。薬と言う事は伏せて、巧みな話術で何も
知らない人間に売りつける。
「そんなものに縋っても、幸せになれないのにね」
ストローで飲み物を吸う。レベッカの呟きに対して、アルメルは他人事で、
思ったことを口にする。
「そんな物騒な物に縋らないといけないほど、追い込まれてるんじゃない」
「遊び半分のつもりだった、とかね」
「案外、それが一番多いのかも」
アルメルはチョコレートケーキの最後の一口を食べた。そんな世間話は自分には
関係ないと考えている。他愛も無い話をしている最中、サフィーロファミリーでは
巷を騒がせる麻薬組織を標的にしていた。マフィアも組織、金が必要だ。店を
経営することも収入源だが、潰した組織の金品を奪い取り、それを収入としている。
「どうされましたか、ボス」
組織の拠点の一つを見て、ヴィルヘルムは眉を顰める。ファルファラショッピング
モール、聞き覚えがある。
「そこは姫が友だちと遊びに行ってる場所じゃねえのか、ボス」
レスター・ゾーラ、幹部の一人。そしてジークハルトたちがいるジムの支配人だ。
それだけあって彼の戦闘能力は組織内でもトップクラス。戦闘には欠かせない人物。
ヴィルヘルムが動揺していたのは彼が言った通りの理由だ。
「どうしてこうもアルメルの行く先々に悪党がいるんだろうな…」
ヴィルヘルムは頭を抱えた。彼の様子を見て幹部たちは揃って苦笑する。悩む彼の
姿は父親そのものだ。血のつながりは無くても、ヴィルヘルムがどれだけアルメルを
大切に思っているのか分かる。
「いつもの事ですし、きっと大丈夫ですよボス。私たちは私たちで役目を
果たさなければ…でしょう?」
「そうだぜ、ボス。やることは変わらねえだろ」
「…考えても仕方ない。場所は人が集まる場所だ。作戦開始は夜、良いな?」
ヴィルヘルムの確認に全員が「了解」と返答した。それぞれが部屋を出て行く。
ユリウスにレスターが声を掛けた。
「血は繋がって無くても、あの様子じゃあ普通の父親だよな」
「あぁ。家族に血筋云々は関係ないという事だろう。姫様も普通の女の子だ。
本来なら、こんな場所じゃなくて良い家庭で過ごしていたはずなんだ…」
ユリウスの声から力が抜けていく。サフィーロファミリーに所属する誰もが
恵まれた家庭に生まれたわけでは無い。様々な事情から爪弾きされて、ここに
流れ着いた者もいる。
「甘い事ばかり考えてられねえだろ。俺たちはそういう仕事をする人間だ。
必要ならば人を殺す」
レスターはその選択を出来る人間だ。それはユリウスとて同じこと。銃で
何人も殺して来た。人を殺すことを躊躇する者は少ない。殺すことに慣れて、
精神を摩耗してしまった人間もいる。ヴィルヘルムが抗争の償いとして
アルメルを引き取り、育てようと言い出した時に先代ボスがそれを渋ったのは
そんな人間が子どもをまともな人間として育てることが出来るのか疑念を
抱いたから。
「うん!やっぱり、アルメルは青が一番似合うわ!」
服屋の試着室。アルメルは半ば強制的に中に連れて来られた。そうして何着か
試着をして行きついた青い服。
「はぁ、もう何着目?」
疲れが顔に滲み出ているが、アルメルはレベッカの着せ替え人形にされても
怒らず付き合っている。二人のショッピングはもう少し続くようだ。
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