そこのけそこのけ姫が通る

花道優曇華

第1話「非日常の日常」

17年前の話。

サフィーロファミリーは抗争に勝利したものの、その爪痕は残っている。


「酷い有様だな…」


ヴィルヘルム・フェレールはこの時、組織のNo2の地位を得ていた。ボスと

共に戦地を見に来た。人が誰もいない場所。誰もいない戦地を歩いている時、

二人は赤子の泣き声を聞いたのだ。運よく形を保っている一軒家の中から。

そこにはいるはずの無い無垢な赤子がいた。


「両親は…巻き込まれてしまったようだな」


血を流し、倒れている二人の男女の死体を見てボスが呟いた。心が痛む。

抗争は起こってしまった。彼らは巻き込まれた被害者。この赤子も被害者だ。

きっと両親に守られて生き残ったのだろう。ヴィルヘルムはその赤子を抱いた。


「ボス、私が責任を持ちます。この赤子を育てさせてください」

「何?ヴィルヘルム、分かっているのか。子どもを育てることは簡単な事では

無い。俺たち、サフィーロファミリーはマフィアだ。幾ら自警団としての

一面も持っている我らでも、子どもを一般家庭と同様に育てるのは大変だ」


ボスは最初、彼の意見に反対していた。マフィアを名乗る以上、綺麗事だけでは

何事も進められない。無垢な子どもには見せられない場所も多々ある。だが

ヴィルヘルムは頭を下げた。


「私たちが始めた抗争に巻き込まれた一般人たちへの償いです」

「…分かった。そう言われては私も捨てろとは言えない。だが少しでも無理だと

判断すれば子どもは孤児院に預ける。良いな?」

「はい!」


そうして赤子はサフィーロファミリーに迎え入れられた。マフィアの戦闘員として

ではなく、姫として可愛がられるようになった。男だらけの場所だが彼女は

美人で優しい子に育った。アルメル・ブランシュ、そう名付けられた少女は今や

18歳になった。



「よぉ、手伝おうか」


マフィアなだけあって戦力増強の為に様々な事をしている。銃火器やナイフなど

武器の扱い方だけでなく、徒手空拳も鍛えるらしい。厳つい男たちが沢山いる。

彼らはジロジロと白い目をアルメルに向ける。下手に手を出すことは無いが、

彼女を疎ましく思っている。世間知らずのお嬢様だと思っているのだ。

その中で一番アルメルと年が近い青年ジークハルト・プルストは彼らと異なり

彼女に友好的だ。


「ううん、大丈夫。ジークは休みなよ。疲れてるでしょう」

「俺、体力には自信があるんだ。タフなんだぜ」


ジークはアルメルが抱える洗濯籠を取り、彼女にわざとらしく散らかされている

洗い物を入れてくれと告げる。アルメルは床に散らばる洗濯物を籠の中に入れる。

男だらけの場所で育ったが、アルメルの感性は普通の女の子とそう変わらない。

彼女はファミリー内では今のボス、ヴィルヘルムの娘ということになっている。

実際は孤児。過去の抗争に巻き込まれて両親は死んでしまった。


「アルメル姫、ボスが心配してるぜ。嫌なら行かなくて良いって言ったのに

聞かないってな」


別の場所から声が聞こえた。この場所には厳つい男ばかりがいるが、訓練場から

離れ、幹部になれば優男だっている。名前はユリウス・ライスター。組織きっての

狙撃手だ。彼はジークに目を向けた。


「初めましてかな。まぁ、僕は君の名前を知っているけどね。ジークハルト。

君のような人がいるなら良かったよ」


ユリウスは握手を求める。その手をジークハルトが握った。


「俺以外にも割と姫様の事を気にしている奴はいるよ。今日はたまたま俺が

いただけ」


何かが爆ぜたと思ってしまうほどの音が室内に轟いた。厳つい男たちは先ほどまで

アルメルに向けていたものとは全く異なる感情を音源に向けていた。

彼らは荒れくれ者ばかり。巨漢を倒した青年はジークハルト同い年の人物。

ユリウスたちの視線に気付き、彼は会釈する。アビス・ジーメンス。


「何事だ?」

「あっちから喧嘩を売られた。俺はそれを買っただけ。ここでは普通でしょう?」


アビスの返答を聞き、ユリウスは笑った。


「自慢の巨体があっても、それを活かせなければ意味は無いぞ。ヴィン」


痛みに悶絶する巨漢にユリウスはそう告げる。体格に劣る者が相手を倒す

手段は幾らでもある。ユリウスの専門は狙撃だが、それ以外の技術も

身に着けている。


「アルメル姫、貴方の友人が来ているようですよ。友人のレベッカ様が」

「…あ!そうだ、今日は約束してたんだった!あー!!」


慌てて、アルメルが階段を駆け上がっていく。特殊な場所で育ったが、彼女は

普通の女の子だ。学校にも通って友人が出来れば、彼女たちと遊ぶことも多い。

サフィーロファミリー、長く存在するマフィアの一つである。犯罪組織のように

思うかもしれないが、この都市では警察とも提携する自警団の一面も持っている。

組織の構成員はサファイアのピアスを右耳に身に着けている。


「もう、忘れないでよね!アルメル」

「ごめんね、レベッカ」


そしてレベッカ。彼女はアルメルの友人である。しかし、彼女もまたアルメルと

同じような環境にいる。エメロードファミリー。サフィーロファミリーと同盟を

結ぶ組織、そのボスの娘として生を受けた。アルメルの周りは殺し屋やマフィア

ばかりだ。普通の日常にそんなグレーな人間達が絡み、非日常的な日常が

繰り広げられる。

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