俺と刀の異世界珍道中

きのこのこ

What went wrong in my life.

「うわああああああああああああああ!!!!」



 俺は情けなくも悲鳴を上げつつ道なき道をひたすら走る。

 辺りは木だらけ蔓だらけ。身体に絡みつく蔦やら木やらを手に持った刀と鞘で薙ぎ払いながら精一杯奴等から逃げる。逃げる。逃げる。

 しかし慣れぬ場所で精一杯逃げたところで地の利があるヤツらに追い付かれるのは時間の問題だった。しかもヤツらは…


そう。


あれだ。


 冒険小説やファンタジーゲームでおなじみ豚顔で二足歩行の多分オークとか言う奴。あっ。無理。ブヒブヒ聞こえる。きっと捕まったら酷いことをされるんだ!!エロ同人誌みたいに。エロ同人誌みたいに!大事なことだから二回言った!!でもそれだけは…



「いっやあああああああああああああ」


『ちょっと。アンタさっきから煩いわよぅ。漢ならキリッと褌締めて雄々しく闘いなさいよぅ。それとさっきからアタシの使い方雑過ぎ~↓』



 こんなに俺が必死に逃げてるのに手元から呑気なおっさんの呆れ声が聞こえた。しかも妙なシナが入っている。



「はぁ!?闘うとか無理に決まってるでしょ?!巨豚が二足歩行して斧ぶん回しながら人間襲ってくるんだよ?!無理でしょ?!無理だから⁈おっさん何言ってんの?!」

 

 

 手元の声の発生源に思わず突っ込みを入れてしまった。俺は闘うためにココに来たのではない。そんなことよりも逃げろ俺!でももう息も絶え絶えだ。



『無理無理無理~ってね。アンタの世界の男はみんなそんな軟弱なの?』


「じゃあおっさんにはどうにかできるっていうのかよ?!」



 駄目だ。喋りながらだと余計体力が奪われる。俺はとうとう立ち止まり目の前にあった大木に寄りかかりゼーハー息を整えた。



『まぁアンタよりは希望があるわね。アタシ闘えるツヨイオンナだもん。ちなみにアタシおっさんじゃないわ。マリリンって名前で呼んでちょーだい』


「きっしょいわ!!野太いおっさんの声でマリリンと言われても無理っしょ?!思わず方言出ちゃったよ?!俺だってアンタじゃなくて福聚航星_《フクジュコウセイ》と言う名前があります!」


『じゃあ航星ちゃん。あたしに航星ちゃんの体をさっさとお貸しなさいな』



 こんな時にこのおっさんなに言ってやがる?!



「犯しなさいだって?!何言ってんだおっさん?!やっぱりエロ同人誌みたいに!俺の体を!!エロ同人誌みたいに!!」


『はぁ~?航星ちゃん。エロ同人誌とかいうのはわからないけど割と楽しんでない?この状況。ともあれさっさと身体をアタシに明渡しなさい。アタシだってせっかくココに来たばかりで宿主亡くすのも感じ悪いし↓下手したらアタシ豚ちゃんたちに囚われの身?!コレってマジヒロイン状態。私がヒロイン最高です。でも真面目な話早くしないと。もう豚さんたちに追い付かれてるわよ?』



 気付けばオー…ああもう豚でいいや。フゴフゴ豚の奴等はすぐそこまで迫っていた。



「ぎゃあああああああああああああああ無理っしょーおおぁあああ」


 

 俺は叫びながらもとっさに「刀」の柄頭についている赤い石を握りこむ。と同時に俺の意識が頭の奥深くに落ちるようにスライドする。そして俺の口から俺ではない言葉が紡がれた。


「あぁ~ん♥久々の若いオトコノのか・ら・だ♥」


(やめろ…俺で俺の体を抱きしめるな!変態!!青少年育成教育団体的な何かに訴えるぞ‼︎)


「ちょっと背丈が小さくて変な感じだけどまぁ何とかなるでしょ♥さあブヒブヒちゃんたち!アタシがチョメチョメ♪してあげるから覚悟しなさい★」


(何内股で何ビシッと指差してカッコつけてんだおっさん!背が低いとかなまら失礼っしょ!成長期だっつうの!!)


 相対する豚達の数は5。対してこちらはか弱い少年の意識を乗っ取った変態おっさん少年1人。圧倒的な不利である。絶望的だ。

 神様。また生まれ変わることができたなら争いのない平和な世界へ行きたいです。次は王族とかなんか金持ちの息子とかニートでも楽して生きれる環境を…

 俺が神様への遺言を残している間に豚達がブギー!!とかプギー!!とか言って気合い入れて襲ってきた。もう駄目だ。現世の俺グッパイ。出来れば痛くないように死にたい。アーメン。ソーメン。味噌ラーメン。


「八十八華陰流剣武術、華合せの型『月見で一杯』」


 俺の体を乗っ取ったおっさんがまだ声変りも済んでないような俺の声帯が出せる一番の低音で何かを呟くと正面に2枚のカードらしきものが出現した。丸い満月のカードとたぶん酒杯のカードだ。

 まるでスローモーションかのような…しかし実際には瞬く間だろうその間におっさんが出現したカードをスパスパ切ってゆく。すると切ったカードと同じような切り口で5匹の豚達が何の抵抗もなく切られていった。刀の刃が豚に届いていないのにである。

 動物でも人でもこんなバラバラに切られたような死体は見たことはなく頭の奥深くで血みどろの豚のなれ果てに怯える俺をなだめようとしているのかおっさんは刀の汚れを払いながら独りごちる。



「ススキに月、菊に杯ってね。今日は20点も持ってかれたから採取のお仕事はお終いにしましょ?また襲われても今度はどうなるかわからないし。この豚ちゃんたちも素材になるなら持って行ってお金にしましょ。アタシはもう戻るわね」


(…うん。請負った仕事も終わっていたし。もう…疲れたし…帰ろう…)


 欲を出して請負った以上のモノをこの森で探した俺が悪かったのだ。体力的にも精神的にも疲れ切った俺は素直におっさんの言うことを聞き、おっさんが戻る前にアイテムバックに豚の切れ端をいれてもらいそのままヨタヨタと帰路に着く。


 本来の俺はこんな殺伐とした二足歩行の豚が蔓延る世界にいるような人間じゃない。

 呑気に学校行って家に帰って菓子食って。実家暮らしだったから親に用意された飯食って寝る。いつも洗濯、アイロン、クリーニングされた服にさしたる苦労もなく手に入る小遣い。飢えることも死体を見ることもそういう場所に行かなければそうそう無い世界にいた。


 どうしてこんな危険な世界にきてしまったのか。俺の人生のどこが悪かったのか。

 深いため息をつきながら豚から逃げた時に作った獣道を抜けようやく人が歩ける道へ向かった。


『あんまりため息ばかりつくと幸せ逃げちゃうわよ?』


 …うっさいわい。

 



事の初めは次回へ続く。

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