第7話 言葉よりも雄弁なもの
「佐藤、明後日から支配下だ」そう聞いた佐藤は上の空だった。季節を少し間違えた蝉の声が甲高く響き、頭の中をぐるぐると回っていた。なぜ、坂田ではなく自分なのか。分からなかった。実績だけを物差しにする吉本にとって、坂田より自分だと吉本が決定づけた理由も、どうしてこのタイミングなのかも。数秒にも満たない思考ののち、佐藤は確信した。吉本は自分を、勝つ為の「駒」として欲している。田中の穴は自分でしか埋められない、そう示されているようだった。それだけで充分だった。「どうだ、行けるか」秋田の声が、佐藤を思考の海から引き上げた。「行けます」佐藤は簡潔に答えた。戦力外に怯え、春を待つ事を恐れた彼はもういなかった。秋田は佐藤に、明日からのスケジュールを伝えた。もちろん佐藤は、承諾の頷きをした。「元気でな…」秋田が最後に付け加えた。その声は震えていた。秋田の頬に、一筋のものが伝った。佐藤の、感情のタガが外れた。「ありがとうございます…」佐藤は頬に流れるものをそのままに、応答した。交わした言葉以上に、雄弁な感情が2人の間に広がっていた。佐藤は動こうとしなかった。秋田も、今日だけは咎めなかった。
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