第5話 果てしなく遠く、大きいもの

佐藤の渇望は、急速に冷めていた。ただ、心の中で、どこか期待していたのかもしれない。勝負だ、と言われる事を。ただ、マウンドに来た吉本は、冷徹だった。「交代だ」淡々と発せられた一言だった。首位打者のバットを折ったという事実も、吉本の前では無意味だった。ただ勝ち負けを絶対的な物差しにしていた。「すいません」佐藤は、そう力無い言葉を残して、マウンドを後にした。ベンチに、高本を見つけた。言葉はなかった。佐藤は、会釈だけをして自分の、仮の立ち位置であるベンチ後列2番目に戻った。腰掛けた時、とめどない悔恨が襲った。なぜ、落ちる球を投げなかったのか。なぜ、スライダーをもう一球投げなかったのか。その疑問が頭を覆い隠すだけだった。一時の歓喜はもう消え失せていた。気付かぬうちに、自分の足を強く叩いていた。視界はぼやけていた。押し留めてきた反骨が、帰ってきた。ここで帰ってくるのか、と思った。ただ、何処か望んでいた。このままでは終われない。終わる事のない渇望に気づかせたのは、吉本だった。冷徹な監督は、佐藤の消し去ったはずの反骨を引き摺り出した。そして、佐藤の進む道を暗に示した。それは果てしなく大きく、遠いものにみえた。しかしながら、今の佐藤に、それを無謀の二文字で片付けると言う意志はなかった。足を叩く音は聞こえなくなっていた。オレはやらなければならない。決意した佐藤を吉本はじっと見ていた。

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