第2話 綾音は私を部屋で待っている。

 今日は登校日だった。

 心音ここねの髪はいつもというか、跳ねている日が多い。

 ……きれいな髪をしているのだから、もっとしっかりお手入れしてほしかったりするのだけれど、なかなか直らない。

 いつも使っているトリートメントを心音ここねに貸そうかな。最近はそんなことを考えてることが多くなった。


 学校の掃除が終わって今は午前十時前。意外と早く終わって私は今、自転車に乗ってお家に向かっている。

 日は登って暖かくなってきて、直射日光がコートを突き抜ける。

 朝と違ってコートがいらなくなるくらい気温が上がった。


 そういえば今日は満月らしい。ついでに快晴。冬は空気も澄んでることが多くて天体観測には向いている。

 心音ここねを天体観測に誘ったのは特別な理由などない。ただ、一緒に見たくなった……だけ。


 私はあまり人を誘う方ではない。人付き合いが苦手ってのもあるけど、純粋に面倒なのだ。その辺、心音ここねはあまり気を使わなくていいから結構気楽に話せる。


 気を使わなくていいというのは、どんなことでも気にせずに話せるという、奥深くまで気の知れた親友だと思ってる。……一応、他人に出来ない相談などできる仲だし。


 今夜の事を思いながら自転車をカラカラと漕ぐ。

 お家は学校から十分少々の距離であまり遠くない。 


 少し走ると、白色に塗装された外壁のお家が見えて来た。

 小さい門があって黒色に塗装され、アーチ状に鉄筋が造形されている少しおしゃれな門構え。洋風と言った方が伝わるかもしれない。

 その門をくぐり、ベージュ色の大理石の石畳を踏み、玄関をカードキーで開ける。


 そして、自転車を玄関にしまう。


「ただいま」


 しかし、おかえりと言ってくれる人はいつもいなく、私の声だけ響く。

 この家は、母親と二人暮らしだ。父親は単身赴任中でこの家にはいなくて、母親は今も仕事。

 父親も母親も昔から仕事で忙しくて、夜中まで帰ってこなかった。

 通常通り学校がある日でも母親の帰りは遅い。

 今日も母親は遅いだろう。

 年末なんだし、もう少しゆっくりしてほしい……と思う。

 誰もいない家はひんやりとしていて空気が沈んでいた。


 私はマフラーを巻いた向きとは逆向きに回し、ほどく。

 静電気がパチパチと弾け、玄関を響かせる。


 ――スマホが鳴った。誰からだろう?

 鞄からスマホを取りだし、スリープモードになっている画面の電源を付けた。

 心音ここねからだった。


 アプリを開き、メッセージを確認する。


『今日、十九時からで大丈夫?』


 今日の集合時間の確認らしかった。


『大丈夫だよ』


 と入力し送信ボタンをタップした。

 すると、すぐに『OK!』の看板を持ったかわいいうさぎのスタンプが送られてくる。

 私は少し笑ってスマホの画面を切る。

 ローファーを右足から脱いで、靴箱にしまう。


 私の部屋に着くと、コートを脱ぎ、制服も脱いで部屋着に着替える。

 コートと制服は汚れないように、しっかりハンガーにかけてしまう。


 エアコンを入れ、暖房をセットする。

 今夜、一緒に過ごす心音ここねを向かい入れるため、机に出ていた漫画、小説などを定位置の本棚に戻した。


 心に穴がぽっかり空いたように何もやる気が起きない。

 やっぱり一人は……好きじゃない。

 こんな一人ぼっちは永遠に続いてほしくない。

 せめて、心音ここねがずっといてくれたら……。

 私は変われるのだろうか。

 少し天井を眺めてから、冬休みの課題を片付けることにした。


   ☆★☆


 ――チャイムが鳴った。誰だろう?

 冬は日が短く、外はもう真っ暗だ。

 勉強に明け暮れた私は、椅子から降りて玄関に向かった。

 玄関の扉を開けると心音が鞄を持って立っていた。

 あれ? まだ十八時だったような。


「すこし早かったけど、そわそわして来ちゃった。迷惑じゃない?」


「ううん、大丈夫。全然迷惑じゃない。むしろ暇してたよ」


 私はふるふると頭を振って心音を向かい入れる。

 迷惑だなんて全く思ってない。

 むしろありがたい。

 こんな時間が止まったような日常から抜け出せるのだから。

 

 そして服装は似合っていていつもの心音だった。

 黒色のキャップをかぶって、紺色の縦のラインが入ったニットのトップスに、ベージュをベースに茶色で縦横のラインが入った、チェック柄のロングタイトスカート。

 そして腰ぐらいまでの丈の紺より少し明るいジャケットを羽織っていた。


 心音の靴を靴箱にしまい、スリッパを渡す。


「私の部屋に行こっ」


 心音ここねの手を引っ張って、私は暖房の付いた自分の部屋に小走りで向かった。


 スリッパのパタパタという二人分の音が廊下を鳴らす。

 まるで、気分の高揚を現してるかのような軽快な音だった。


 こんな気分になるのは心音がいるからで、一番安心できる親友だからだ。

 自分の部屋には心音しか入れたことがない。

 まあ、私はそこまで友達多くないからってだけなのだけれど。


 二階にある私の部屋に着き、扉を開けた。


「暖かいっ。天国~」


 扉を開けると同時に温風が、こっちにやってくる。


「しかし、外の乾燥凄いよね。化粧水とかいろいろやってるんだけどなかなか良くならなくてさ」


 頬を触りながら、心音が言っていた。


「わかる。乾燥肌にはつらい季節だよね。加湿器も必須だよ」


「加湿器! 確かに必要だよね。無いとカサカサになっちゃう」


 そう言いながら心音は私のベッドに腰掛けて、荷物を床に置く。


「とりあえず、飲み物とか持ってくるね」


 私はそう言って、キッチンへと向かった。


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