【短編】満月の澄んだ空、私たちはベランダで星空を眺める。

量子エンザ

第1話 心音の髪はまた跳ねている。

 このまま永遠に続いてほしい。

 永遠、永久、未来永劫みらいえいごう

 ――永遠を信じたい。でも信じることしか私にはできない。

 だって、物事には必ず終わりがあるのだから。

 

 ……まだ始まってばかりの冬休みに何考えているんだか。


 そして私――みさき心音ここねは驚いた。

 十日連続で、今朝の気温は氷点下を記録した。しかも今日に限ってここ十日で一番の最低気温。


 今日は十二月二十八日。もう年越しの足音が近付いていて、気温はグググっと下がり、肌寒いどころじゃない。

 外を出ると、冷凍庫に手を入れた時のように、凍えるような気温で私の気分も凍り付く。

 気が滅入るが、今日は登校日のためいつも通り自転車を使って学校に向かった。


 冬晴れもいいとこで、静電気がいつもよりひどく髪の毛がバチバチと音を立てて浮いている。学校着いたらひとまずかさないと。


 湿度は夏よりも低くていいのだけど、それにしても低すぎる。夏は高すぎるし、冬は低すぎるし、毎シーズン極端だ。お天気様は何を考えているんだろうとたまに思う。ちょうどいい湿度を保っていてほしい。


 息を吐く。息は白く着色される。これは冬の風物詩ともいえるのだろうか。昔、この白い息は空気中の不純物が凍ったものと聞いた覚えがある。


 当たり前だが、セーラー服だけでは寒くコートも羽織っている。こうしないと沼津の冬は越せない。北海道などの北の地域よりは温かいと思うのだが、沼津で育った私としては十分寒い。

 ちなみにマフラーももちろん必須。


 そして今日は今年最後の登校日。これと言って大きな行事もないのだが、年末の大掃除という毎年家でもやるおなじみの行事を、学校でも行うため向かう。


 ……気分が自転車のかごにいれたかばんのように重い。


 冬はこたつでごろごろしてみかんでも食べてゲームしていたい。こんな掃除ごときで登校なんてふざけてる。

 なぜ、終業式の日にやらなかったのか謎だ。

 身も蓋もないことを頭でぐるぐる思いながら、自転車を漕いでいると、校舎が顔を出した。


 校門をくぐり駐輪場に向かい、自転車をガシャンと止める。そして昇降口に向かおうとすると、可愛川えのかわ綾音あやねも同じタイミングで駐輪場に来ていた。


「おはよっ」


 私は片手をあげて綾音あやねに挨拶をする。


「おはよ~。今日は一段と寒いね」


 しなやかで張りのある声。耳が幸せだ。

 綾音のお鼻が真っ赤になっている。

 サンタさんみたいで、過ぎてしまったクリスマスを思い出した。

 肩に付かないぐらいの長さで緩いカーブを描きながら落ちるきれいな黒髪。前髪はぱっつんで少し額が見えていて軽めだ。おまけにヘアピンで数か所固定されていた。

 髪が全然跳ねてない。さすが綾音だなって思う。

 灰色の手袋をした両手に息を当てて、温めている。白くなった息が両手から漏れて勢いを無くし、緩やかに上へのぼっていた。


「そうだねぇ……。なんでこんな日に登校しないといけないかわからないよ」


 綾音は苦笑いをしていた。

 そして私の髪を少し触って言った。


「髪、跳ねてるよ? かわいい髪がもったいない。あとでいてあげるよ」


「ありがと~! 綾音様たすかる」


 私は神に祈るように両手を合わせて言う。

 すぐに綾音は私の手を掴んで。


「やめてよっ。恥ずかしい」


 この一連を、よくやる。

 私がずぼらだから、よく髪を跳ねたまま登校することもあるし、たまにわざとやってることもある。……これは内緒だよ。


「とりあえず、教室行っていてあげるから一緒に行こ」


「うん!」


 私は綾音の手を握って教室に向かう。


 昇降口に着くと綾音が言った。


「そういえば、今日の夜、夜景と星見ない? ほら、今日天気いいし空気も澄んでるし、冬の大三角形も見れるっぽい」


「いいねっ。たまにはそういうのも悪くないかも」


 下駄箱にローファーをしまう。二人で顔合わせ「決まりだね」って綾音が言っていた。


 今夜の天体観測は特別なものになりそうだと感じて。

 少しやる気が出た。

 

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