♯6 寝落ち通話 後編

「おはようございます兄さん」


「おはよう若菜」


「すいません、昨日は先に寝てしまいました」


「……」


「なんですか?」


 徹夜明けの朝、いつもと同じ時間に洗面所で若菜と会った。

 相変わらず態度の落差が凄い。


「なんでもない……」


「もしかして怒ってます?」


「怒る? なんで?」


「先に寝てしまったので……」


「まさか、そんなことで怒らないよ」


 若菜が何か言いたそうにこちらを見ている。


「どうした?」


「いえ、ダメなかの――妹で申し訳ないなぁと思いまして」


「そんなことないし、気にしすぎ」


「ならいいのですが……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……若菜」


「は、はい」


「俺、シャワー浴びたいんだけど」


「え?」


 徹夜明けなので今日は朝からシャワーを浴びようと思っていたのだが、若菜がずっと俺の隣にぽかんと立っている……。


「若菜がいる前で脱ぐわけには……」


「あ、朝から何言ってるんですか!」


 俺がそう言うと、若菜が逃げるようにこの場から去ってしまった。







 テストが終わりようやく放課後になった!


 今日もいつも通り若菜と下校中だ。


「よーーーし! 赤点回避!」


「自信ありそうですね」


「バッチリ! 一夜漬けした甲斐があった!」


「普通は一夜漬けしないように頑張るんですよ」


「正論やめろ」


「ふふっ、でもこれでようやくテストが終わりましたね」


「羽伸ばしたい気分だよなー、来週からは夏休みになるし」


「そうですね、私もそんな気分です」


「……」


「……なんですか?」


「本当にそう思ってる?」


「思ってますけど」


「外の若菜はクール過ぎて全然感情が伝わってこない……」


「……これでも少しは気を付けてるんですよ?」


「気を付ける?」


「朝、お母さんに言われました。最近、“お兄ちゃんと仲良いね”って」


「きゅ、急になんで!?」


「最近、私たちって洗面所で話し込んだりするじゃないですか。あれを見ていたみたいです」


「さ、さすが母さん……」


「はい。だからこれからはより気をつけないとなぁって思って」


「そっか……」


「……」


「……」


「……はぁ」


「なんだよ溜息なんてついて……」


「すいません」


「まぁ気持ちは分かるけどさ」


「そう言われると色々やりづらくなっちゃいますね」


「だなぁ……」


「……」


「……」


「……」


「そうだ! 若菜、夏休みになったらどこかに遠出しよう!」


「遠出?」


「俺たちのことを誰も知らないところに行って思いっきり遊ぼう!」


「なんか逃避行みたいですね」


「そんな大それたものじゃないけどな!」


「……けど、良いですね。夏休み楽しみになってきちゃいました」


「全然そんな風には聞こえない」


「本当は飛び跳ねたいくらいなんですよ?」


「嘘つけ!」







『お兄ちゃん! さっきの話の続きなんだけどどこに行こっか!?」


「嘘じゃなかった」


 夕食を終えると、すぐに若菜から電話がかかってきた。

 さっきとはうって変わって若菜の声がとても弾んでいる。

 

『お兄ちゃんからそんな風に誘ってくれるなんて嬉しいっ!』


「俺はお前の切り替えの早さにびっくりだよ」


『うるさいなぁ! で、お兄ちゃんはどこに行きたいの?』


「うーん……俺は温泉でも行きたいかなぁ」


『おじいちゃんっぽい』


「うっさい! じゃあ遊園地とかはどう?」


『遊園地は絶対やだ』


「なんで?」


『遊園地って付き合い立てのカップルが行くと別れるとかって言うじゃん』


「なんか聞いたときあるなそんな話」


『待ち時間が長かったりするとイライラしちゃうみたいだよ』


「俺と若菜に限ってはそういうのはなさそうだけどなぁ」


『そうだけど、そういう話を聞くと行くの嫌になるじゃん!』


「それは分かる……」


『せっかく付き合えたのにお兄ちゃんと喧嘩したりするの絶対に嫌だもん』


「それは俺も絶対に嫌だけどさ。じゃあ若菜の行きたいところはどこなの?」


『お兄ちゃんの行きたいところ』


「ずるくないかそれ!?」


『だって本当に本当にそう思ってるだもん』


「少しは考えろ!」


『じゃあ温泉』


「なんて分かりやすい便乗……」


『でも、二人で温泉っていいよね?』


「二人……?」


『……』


「……」


『お兄ちゃん、今変なこと考えたでしょう?』


「そりゃあ……」


『一緒に入る?』


「……」


『……』


「……いいの?」


『……いいよ?』


「……」


『……』


「……」


『えっち』


「そりゃ俺も男なわけだし」


『そ、そうなの……?』


「……」


『……』


「そ、そろそろ眠くなってきたら寝ようかな……」


 微妙な間に耐え切れなくなってしまい、自分から寝ると言ってしまった。


『えっー!!』


「昨日、徹夜したわけだし……」


『そ、そうだよね! お兄ちゃん昨日頑張ったもんね』


「……」


『……お、お兄ちゃん?』


「どうした?」


『一つだけワガママ言ってもいい?』


「ワガママ?」


『ね、寝ちゃうならこのまま電話繋ぎっぱなしにしててほしい……お兄ちゃんの寝息を聞きながら私も寝たいから……』


 直接会うとこんな風に話をすることができないのに、電話だと恋人としての距離がどんどん近づいていく――。


 徹夜明けのはずなのに、俺はドキドキしてしまって寝落ちすることができなかった。

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