♯5 寝落ち通話 前編
若菜と付き合い始めてから一週間が経った。
『お兄ちゃん起きてる?』
「起きてる!」
『すごい必死な声をしてる』
今、俺たちは期末試験の真っ最中だ。
俺と若菜は、自然と毎日遅くまで電話をすることになった。
こんな風に勉強中もずっと携帯は通話中のままだ。
「赤点だけはなんとか回避しないといけないからな!」
『そんなにやばいの?』
「やばい! 特に明日の教科はやばい!」
『ちゃんと毎日勉強してないからだよ』
「うるさい! っていうか若菜は余裕そうじゃん」
『私は毎日コツコツやっているからね~』
「……じゃあ、わざわざ俺に付き合わなくてもいいのに。俺はこれから一夜漬けコースだぞ」
『お兄ちゃんはそんなに私と話したくない?』
「そういうわけじゃないけどさ」
『じゃあ電話繋ぎっぱなしでいいでしょ?』
「そりゃいいけどさ、眠くなったら無理しないで寝ていいからな」
『大丈夫! 大丈夫! 私もお兄ちゃんに付き合うから』
若菜が健気にそんなことを言ってきた。
◇
『……お兄ちゃん起きてる~?」
「起きてる」
それから数時間が経った。
時間はもう深夜の二時を回ろうとしていた。
『ちゃんと頑張ってるね~』
若菜の声がふにゃふにゃとした眠そうな声になっている。
「眠いなら寝ていいのに……」
『彼氏が頑張ってるから私も頑張りたい……』
「頑張っている目的が、ただの赤点回避というのが情けないないんですが」
『情けなくてもいいの。それでも頑張っているお兄ちゃんが好きなんだもん』
「普通に好きとか言ってきた」
『好きなものは好きなんだもーん』
「……お前、眠くて何言ってるか分からなくなってるだろ」
『うーん……もしかしたらそうかも……?』
「……若菜、今机にいるの?」
『んー? 机にいるよぉ~』
「寝る寝ないは置いといてベッドで休んだほうがいいよ」
『んぅー、お兄ちゃんがそう言うなら分かった……』
俺がそう言うと、電話越しに若菜の移動する音が聞こえてくる。もぞもぞと布団に入る衣擦れの音も聞こえてきた。
『ベッドに入ったよ~』
「えらい、えらい」
『……なんでお兄ちゃんはそんなに私のこと寝かせたがるの?』
「すごく眠そうで心配だから」
『心配してくれるんだ……』
「彼女の心配しない彼氏はいないよ」
『嬉しいなぁ……お兄ちゃんが彼氏で嬉しいなぁ……』
「いつでも寝れそうな声になってるし」
『だって、だってね……? お兄ちゃんの声って落ち着くんだもん……眠くもなっちゃうよ』
「落ち着く? 俺の声が?」
『うん……私ってお兄ちゃんの声が好きみたい……』
「初めてそんなこと言われた」
『……他の人に言われたときあるって言ったら怒るもん』
「そんなことで怒るなよ」
『……怒るもん、だってお兄ちゃんは私のなんだから』
「……凄いこと言ってるぞ若菜」
『そうかなぁ……』
「いつもの若菜なら絶対に言わない」
『……いつもの私も私だもん。本当はお兄ちゃんと手を繋ぎたいし……ぎゅーだってしたいし』
「若菜……」
『キスだってその先だって――』
「若菜!?」
『……』
「ん?」
『――すぅ、すぅ』
若菜の寝息が聞こえてきた。
「もしかして寝た?」
『すぅ……すぅ……』
「……」
『すぅ……すぅ……』
「はぁ、やっぱり無理してたんじゃんか」
『すぅ……すぅ……』
「……」
『……すぅ……すぅ』
「……」
『――
「え?」
ふいに自分の名前を呼ばれた。
『――すぅ、すぅ』
「寝言……?」
『すぅ――』
若菜の規則正しい寝息の音が聞こえてくる。
「……頑張ろ」
若菜の好きな俺でいられるように頑張ろう。
俺は気合を入れ直して勉強を続けることにした。
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