♯5 寝落ち通話 前編

 若菜と付き合い始めてから一週間が経った。

 

『お兄ちゃん起きてる?』


「起きてる!」


『すごい必死な声をしてる』


 今、俺たちは期末試験の真っ最中だ。


 俺と若菜は、自然と毎日遅くまで電話をすることになった。


 こんな風に勉強中もずっと携帯は通話中のままだ。


「赤点だけはなんとか回避しないといけないからな!」


『そんなにやばいの?』


「やばい! 特に明日の教科はやばい!」


『ちゃんと毎日勉強してないからだよ』


「うるさい! っていうか若菜は余裕そうじゃん」


『私は毎日コツコツやっているからね~』


「……じゃあ、わざわざ俺に付き合わなくてもいいのに。俺はこれから一夜漬けコースだぞ」


『お兄ちゃんはそんなに私と話したくない?』


「そういうわけじゃないけどさ」


『じゃあ電話繋ぎっぱなしでいいでしょ?』


「そりゃいいけどさ、眠くなったら無理しないで寝ていいからな」


『大丈夫! 大丈夫! 私もお兄ちゃんに付き合うから』


 若菜が健気にそんなことを言ってきた。







『……お兄ちゃん起きてる~?」


「起きてる」


 それから数時間が経った。

 時間はもう深夜の二時を回ろうとしていた。


『ちゃんと頑張ってるね~』


 若菜の声がふにゃふにゃとした眠そうな声になっている。


「眠いなら寝ていいのに……」


『彼氏が頑張ってるから私も頑張りたい……』


「頑張っている目的が、ただの赤点回避というのが情けないないんですが」


『情けなくてもいいの。それでも頑張っているお兄ちゃんが好きなんだもん』


「普通に好きとか言ってきた」


『好きなものは好きなんだもーん』


「……お前、眠くて何言ってるか分からなくなってるだろ」


『うーん……もしかしたらそうかも……?』


「……若菜、今机にいるの?」


『んー? 机にいるよぉ~』


「寝る寝ないは置いといてベッドで休んだほうがいいよ」


『んぅー、お兄ちゃんがそう言うなら分かった……』


 俺がそう言うと、電話越しに若菜の移動する音が聞こえてくる。もぞもぞと布団に入る衣擦れの音も聞こえてきた。


『ベッドに入ったよ~』


「えらい、えらい」


『……なんでお兄ちゃんはそんなに私のこと寝かせたがるの?』


「すごく眠そうで心配だから」


『心配してくれるんだ……』


「彼女の心配しない彼氏はいないよ」


『嬉しいなぁ……お兄ちゃんが彼氏で嬉しいなぁ……』


「いつでも寝れそうな声になってるし」


『だって、だってね……? お兄ちゃんの声って落ち着くんだもん……眠くもなっちゃうよ』


「落ち着く? 俺の声が?」


『うん……私ってお兄ちゃんの声が好きみたい……』


「初めてそんなこと言われた」


『……他の人に言われたときあるって言ったら怒るもん』


「そんなことで怒るなよ」


『……怒るもん、だってお兄ちゃんは私のなんだから』


「……凄いこと言ってるぞ若菜」


『そうかなぁ……』


「いつもの若菜なら絶対に言わない」


『……いつもの私も私だもん。本当はお兄ちゃんと手を繋ぎたいし……ぎゅーだってしたいし』


「若菜……」


『キスだってその先だって――』


「若菜!?」


『……』


「ん?」


『――すぅ、すぅ』


 若菜の寝息が聞こえてきた。


「もしかして寝た?」


『すぅ……すぅ……』


「……」


『すぅ……すぅ……』


「はぁ、やっぱり無理してたんじゃんか」


『すぅ……すぅ……』


「……」


『……すぅ……すぅ』


「……」


『――いつきさん、好き』


「え?」


 ふいに自分の名前を呼ばれた。


『――すぅ、すぅ』


「寝言……?」


『すぅ――』


 若菜の規則正しい寝息の音が聞こえてくる。

 

「……頑張ろ」


 若菜の好きな俺でいられるように頑張ろう。

 俺は気合を入れ直して勉強を続けることにした。

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