♯4 付き合い始め 後編
下校の時間になり、校門に向かうと今日も若菜の姿が見えた。
若菜はバッグから折りたたみ式の手鏡を取り出して、しきりに自分の前髪を気にしているようだった。
「なにしてんの?」
「きゃっ」
「きゃっじゃなくて」
「いきなり声をかけないでください」
「いや熱心に髪に気にしているようだったから」
「そこまで見てたなら、そこは触れないでください」
「ごめんなさい」
「今日も兄さんのこと待ってたんです」
「もしかしてこれから毎日待ってるつもり?」
「ダメですか?」
「ダメではないけど……」
「じゃあいいじゃないですか」
「若菜は予定とかないの?」
「予定?」
「友達と遊び行ったりとか、どこかに出かけたりとか」
「そりゃたまにはありますけど」
「……若菜ってもしかして友達いない? 学校では人気者だと思ってたんだけど」
「……」
「な、なんだよ! そんな目で睨んで」
「やっぱり兄さんは兄さんだなぁと思って」
「よく分からないけどけなされているのは分かった」
「そこは分かるんですね」
「否定しろよ!」
「だって兄さん、
そんな話をしながら二人で帰路についた。
◇
「……」
「……」
「……」
「……」
「若菜、今日静かじゃない?」
「兄さんこそ」
放課後になっても、会話の緊張感が抜けていなかった。
もどかしいような、こそばゆいような、そんな雰囲気が朝からずっと続いている。
電話だとそんなことなかったのに。
「なんだか昨日からおかしいですね私たち」
「俺も思ってた。意識しすぎてるのかも」
「はい、私も意識しちゃってます」
「ずっと一緒だったのに変な感じするもんなぁ」
「でも、私はこの感じも嫌いじゃないですよ?」
「なんで?」
「言わないとダメですか?」
「そこは言わないと分からない」
「兄さんが私のこと女の子として意識してくれるのが嬉しいんです」
「……」
「なんでそこで黙るんですか……」
「……ごめん、そんな風に言ってくれるのがすごく可愛いなぁと思って」
「……」
「今度は若菜が黙った」
「兄さん、私たちって恋人同士ですよね?」
「やっぱり心配?」
「心配と言えば心配なんですが、少し思ったことがありまして……」
「思ったこと?」
「呼び方をどうしようかなぁと思いまして」
「呼び方?」
「兄さんは私のこと“若菜”って呼ぶじゃないですか。私が“兄さん”って呼ぶのは恋人同士っぽくないなぁと思ったり思わなかったり……」
「……」
「私も兄さんのことを名前を呼んだ方がいいのかなぁと思ってみたり……」
「呼び方なんてなんでもいいんじゃない?」
「でも兄さんは“若菜”で、私は“兄さん”ですよ? おかしくないですか」
「そう言われると気になってくるなぁ」
「恋人同士だと自分たちしか分からないあだ名で呼んでいる人たちもいるみたいです」
「自分たちしか分からないあだ名?」
「たんとかぴょんとか」
「却下却下! 逆に若菜は俺に“若菜たん”とか呼ばれたいか!?」
「そういうのに憧れるとかはあります」
「そんなクールに言う言葉か!?」
「憧れるとかはあります」
「なぜ二回言った」
若菜がそっぽを向いて、決して俺に顔を見せようとはしない。所々どもるときはあるが、いつものクールな口調を絶対に崩さずにいた。
「普通に呼び捨てでいいんじゃない?」
「呼び捨てですか……」
「ほら、俺のこと呼び捨てで呼んでみたら?」
「……分かりました」
「はい、どうぞ」
「い、い……」
「い?」
「……
「ダメじゃん」
「これは慣れないとダメですね……」
「特訓あるのみだな」
「頑張ります。けど、兄さんはずるいです」
「ずるい? 何が?」
「だって兄さんは私のことずっと呼び捨てじゃないですか」
「若菜は若菜だからなぁ」
「だからそれがずるいんです!」
◇
部屋に戻り、しばらく期末試験の勉強をしていたら若菜から電話がかかってきた。
「もしもーし」
『
「えぇ!?」
『部屋で少し練習したから早速言いたくなって!』
「お兄ちゃんが抜けてないんだよなぁ……」
『あっ』
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