♯3 付き合い始め 前編
プルルルル
携帯の着信で目が覚めた。
眠い……。
時間は朝の六時半前……いつもならもう少し布団で寝ていられる時間だ。
「……もしもし」
『お兄ちゃん朝だよ! いつまで寝てるの!』
「なんだ若菜か」
『かってなによ、かって! 彼女からの電話なのに!』
「別に電話じゃなくても、隣の部屋なんだから直接起こしてくれれば――」
『直接起こしに行ったらお母さんたちになに言われるか分からないでしょ!』
「そうかなぁ」
『絶対そう!』
「ただの仲良しで終わるだけだと思うけどなぁ」
『そ、それじゃ私がただのお兄ちゃん好き好きみたいじゃん!』
「……違うの?」
『……』
「……」
『……』
「おーい」
『……』
「あっ、どっか行った」
『……いる! ずっといるし』
「返事しないからどこかに行ったのかと思った」
『どこにも行ってないもん!』
ドンドンドンドン
隣の部屋からまるで自分の存在をアピールするかのように壁を叩く音が聞こえてきた!
「分かった! 分かったから壁を叩くな!」
『お兄ちゃんが変なこと聞くから!』
「変なことは聞いてない!」
『……』
「はぁ……じゃあ目が覚めたから下に行くからな俺」
『……』
「……」
『……』
「な、なんだよ! そのなにか言いたげな間は!」
『……さっきの返事聞かなくていいの?』
「……」
『あっ、今度はお兄ちゃんがいなくなった』
「いるって! お前が急に――」
『急になーに?』
「……なんでもない」
『私はお兄ちゃんのこと好きだよ』
「っ!!」
『わ、私、先に顔洗ってくるからね!』
そのまま電話を切られてしまった。
隣の部屋からドタバタと勢いよく一階に下りていく音が聞こえてくる。
……不覚にもドキッとしてしまった。
◇
若菜が部屋を出ていった後、俺もすぐに一階にある洗面所に向かった。
――そうすると当然こうなるわけで。
「おはよう若菜」
「おはようございます兄さん」
すぐに若菜と会ってしまった。
ついさっきまでは恋人として電話で話していたので不思議な感じがする。
「寝ぐせひどいですよ。ちゃんと直してくださいね」
「……」
「な、なんですか」
「その変わりよう」
「それ以上言ったら怒ります」
「怖っ」
顔を洗っていた若菜が、念入りに自分の顔をタオルで拭き始めた。
正面からはよく見えなかったが、頬から耳は赤くなっているように見える。
「……そもそも兄さんって、いつもはもう少し起きるの遅いじゃないですか」
「誰かさんに起こされたもので」
「誰のことでしょう」
「誰でしょう」
若菜がとぼけるので俺もとぼけて返した。
「……」
「……」
「っていうかいつまで顔拭いてるんだよ」
「す、すいません……」
「別に謝ることではないけど……」
「そ、それもそうですね」
……微妙に会話がギクシャクする。
電話だと普通に話せていたのに、直接会うとどう話していいのか分からなくなってしまっていた。
「先にリビング行ってますから」
「うん」
そのまま若菜はいつもの若菜に戻って、リビングに行ってしまった。
◇
「……」
「……」
「……」
「……」
気まずい……。
いつも通り二人で登校しているだけなのに、沈黙が異様に気になってしまう。
「……若菜、来週から期末試験あるけど大丈夫か?」
その沈黙に耐え切れなくなって、そんなありきたりな話を自分から若菜に振ってしまった。
「私はいつも通りやるだけですから、そういう兄さんは?」
「俺もいつも通りやるだけだから」
「兄さんの場合、いつも通りじゃダメだと思う」
「……」
「……」
「……」
やっぱり会話が続かない。
居心地が悪くなるような空気では決してないが、常にドキドキするような雰囲気がまとわりついている。
「若菜」
「……なんでしょうか?」
「俺も好きだからな」
「っ!!」
「朝の返事してなかったなって――」
「そういう不意打ちやめてもらえますか!」
「いや、ちゃんと言っとかないといけなかったかなって」
「……」
俺がそう言うと若菜がその場で足を止めてしまった。
「どうした? 遅れるぞ」
「……私も兄さんのこと好きですよ」
「自分だって不意打ちじゃん」
「仕返しです」
「俺も若菜のこと好きだぞ」
「私のほうが好きです」
「俺のほうが」
「私のほうが」
あくまで素っ気ない声色で若菜が何度も俺にそう言ってきた。
ぎくしゃくした雰囲気の中で、お互いに同じことを言い合いながらの登校になってしまった。
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