♯2 電話彼女 後編

キーンコーンカーンコーン



 放課後のチャイムが鳴り、何事もなく学校が終わった。


 若菜とは学年が違うので学校ではほとんど顔を合わせることはない。


 放課後はお互いに用事があるときが多いので、朝のときのように一緒になったりはしない。


「あっ、兄さん」


 ……いつもならそのはずだったのだが珍しく校門前で若菜に会った。


「何してるの若菜?」


「一緒に帰りましょう」


「もしかして俺のこと待ってた?」


「はい」


「どうした急に!?」


「言わないと分かりませんか?」


「……」


 よく見ると若菜の顔が耳まで真っ赤になっている。


「……じゃあ帰ろうか」


「はい」


 若菜のあくまでただ淡々としていた。

 二人並んでいつもの道を歩いた。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……なんで無言?」


「何を話していいのか分からなくて……」


「意識しすぎじゃないかなぁ」


「そういう兄さんだって話さないじゃないですか」


「そりゃが隣にいるんだから緊張もするよ」


「か、彼女……」


「な、なんだよ! そんなしみじみと」


「いや、やっぱり夢じゃなかったんだなぁと思って」


「夢?」


「授業中に何度も頬をつねってしまいました。もしかしたら都合のいい夢を見ているだけなんじゃないかなと思ってしまって」


「そんな馬鹿な」


「学校では兄さんとほとんど会わないんですもん。そんな気持ちにもなります」


「……それで、わざわざ待ちきれなくなって校門で待っててくれたの?」


「……」


「あっ、目線逸らした」


「それ以上は言いません」


「素直じゃないなぁ」


「……ところで一つ提案があるのですが」


「提案?」


「手を繋ぎたいんですが……」


「……」


「な、なんでそこで黙るんですか!」


「若菜」


「は、はい……!」


「誰かに見られたらどうするの?」


「うっ……」


「一応、学校では俺たちは普通の兄妹ってことに――」


「そんなの分かってますよ!」


「じゃあ」


「……兄さんは私と手を繋ぎたくないんですか?」


「う゛っ」


「やっぱり兄さんは私のこと……」


「違う違う! その聞き方はずるいぞ!」


「だって!」


「俺たちの関係ってあんまり人に言わない方がいいんじゃないかなって思ってさ……それが分かってるから昨日若菜も電話で告白してきたんだろう?」


「それはそうですが……」


「父さんと母さんにバレたらどんな反応されるか分からないし」


「真面目な人たちですもんね」


「……うん、だから俺たちの関係は一旦内緒にしよう。別れさせられたりするのは絶対に嫌だから」


「分かりました……」


 若菜がほんの少し不満そうな顔をしているのが分かった。







『お兄ちゃんが手を繋いでくれなかった!』


 夕食を終え、いつも通り自分の部屋に戻ると、すぐに若菜から電話がかかってきた。


「そ、その話はさっきもしただろう!」


『そんなの分かってるけど、少しくらいなら……!』


 若菜の声が昨日の甘えた声に戻っている。


「っていうかまたお兄ちゃん呼びになってるし!」


『別にいいじゃん! 電話越しでくらい甘えさせてよ! 彼女みたいにさせてよ!』


「みたいにってなんだよ!」


『本当は“お兄ちゃんの彼女だ”って言って回りたいくらいなのっ!』


「い、言って回るって」


『だって、お兄ちゃんに余計な虫が寄ってきたら困っちゃうもん……』


「む、虫って……電話だと若菜は凄いこと言ってくるなぁ……」


『……お兄ちゃんはこういう私は嫌い?』


「……」


『……』


「……」


『あっ、また黙った』


「だからその言い方はずるい」


『好きか嫌いで聞いてるんだけど』


「……好き」


『うっ……』



ドンドンドンドン



 若菜がまた壁を叩いている。


「言わせておいてなんでお前がダメージ受けてるんだよ!」


『だ、だって嬉しくて!』


「そう言えば子供のときの若菜もそんな感じだったなぁ……」


『子供のとき?』


「うん、昔の若菜は甘えん坊だったなって」


『そうだったかな?』


「うん、そうだった」


『子供のときの私はお兄ちゃんの遊びに置いて行かれないように必死だったから……』


「……」


『……』


「……」


『……あっ、お兄ちゃんいなくなった』


「いるって、ちゃんといるから」


『もしかして照れてる?』


「……照れてない」


『ふーん、素直じゃないのはどっちなんだか』


「うるさいなぁ」


『……』


「……」


『……お兄ちゃん、本当に私が彼女でいいんだよね?』


「どうしたいきなり」


『心配だから』


「心配?」


『だって、みんなの前で彼女って言えないなら本当の彼女じゃなくなっちゃうかもしれないじゃん」


「……」


『……お兄ちゃん、私たちの関係って他の人には言えないかもしれないけど、私が彼女でいいんだよね?』


「若菜、俺はお前のことが好きだよ」


『お兄ちゃん……』


「そういう言葉だけじゃ心配か?」


『ちょっとだけ心配』


「じゃあ毎日電話してこいよ」


『えっ?』


「こうして電話するだけなら俺たちは普通の彼氏彼女でいられるだろ? 俺たちが素直に彼氏彼女になれる時間を大切にしよう」


『お兄ちゃん……』


「いつかみんなに認めてもらえるように俺頑張るから」


『うん。私、いつかみんなの前でお兄ちゃんと手を繋ぎたい』


「みんなの前は恥ずかしいから却下」


『なんで!?』


「そんなこと言っておいて、人前に出るといつもの若菜に戻る癖に」


『うっ……』


 ――こうしてでだけ、ちゃんと恋人同士になれる俺と義妹の交際がスタートしたのであった。

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