電話彼女 実際に会うと素っ気ないのに電話だとやたら甘えてくる義妹（※彼女）の話

♯１ 電話彼女 前編

『お兄ちゃん好きです。私と付き合ってください』

　――今、俺は妹に告白されている。

　同じ家で、隣同士の部屋にいるのに、何故か俺は妹に電話で告白されている。

　いつも通り一緒に晩御飯を食べて、いつも通りお互いの部屋に戻っていく。

　それがついさっきまでのことだった。

「……もしかして俺のことからかってる？」

　妹の名前は“若菜（わかな）”

　俺が高校二年生、若菜が高校一年生だ。

　俺が小学生のときに親が再婚してできた義妹だ。

『こんなこと私がふざけて言うわけないでしょ！』

「そ、そうだよな……あの若菜がこんな冗談言うわけないもんな」

　若菜は清楚可憐 で品行方正、そんなイメージが真っ先に思い浮かぶような女の子だ。

　肩まで伸びた真っ黒な髪に、雪のように白い肌、整った眉の下にはぱっちりした大きな目と赤みがかった瞳がついている。身内という甘い視点から見ても、可愛いと言って差し支えない容姿していると思う。

　学校では特に男子に人気者の若菜だが、いつもクールで近寄りがたい雰囲気を出しているので、周囲には完全に高嶺の花として扱われている。

　……その彼女が今日は甘えた猫みたいな声を出している。

『ずっと言おうと思ってたんだ……』

「ずっと？」

『中学の時からずっと』

「中学のときから！？」

『だって！　お兄ちゃん、中学の時に告白されたときあったでしょ！』

「なんでそれをお前が知ってるんだよ！」

『そういう噂は広まるのが早いの！　それでなんか嫌だなぁと思っていたら――』

「……」

『大体、いきなり歳の近い男の子が家族になるって言われたら意識しちゃうじゃん！　お兄ちゃんは私にとても優しかったし！』

「そりゃいきなり可愛い女の子が妹になるって言ったら優しくなるだろう！？」

『か、可愛いって……』

「俺だって若菜のこと女の子として意識しちゃってたけど、頑張って兄妹になろうと思って……」

『……』

「……」

『……』

「……」

『……お兄ちゃんは私のことどう思ってるの？』

「そりゃ好きだけどさ……」

『異性としてって意味だよ？』

「……」

『いきなりこういう話をしちゃってごめんね。でも、もう気持ちが抑えられなくて』

「若菜、こういう話は直接会ってしよう」

『ちょ、直接はダメだって！　お父さんとお母さんがいるし！」

「でも――」

『こんなのバレたらどうなるか分からないじゃん……』

「だから電話で告白してきたのか？」

『うん……』

「……」

『……』

「……」

『……っ』

「……」

『……そろそろお兄ちゃんの返事を聞かせてほしいんだけど』

「若菜……俺たち兄妹なんだぞ……」

『……大丈夫だよ。私、将来結婚してなんて言わないから』

「えっ？」

『だって、私たちもう籍は一緒なんだよ？　家族になるのにわざわざ籍を一緒にしなくてもいいんだよ』

「わ、若菜はそれでいいの！？」

『うん！　だって、お兄ちゃんのことずっと好きだったんだもん！　順番がごちゃごちゃだけど私たちはもう家族だし！　でも私は妹じゃなくてお兄ちゃんの恋人として家族になりたいの……』

「……」

『お兄ちゃん……』

「少し考えさせてくれ……」

『……分かった。急にごめんね』

「けど、まさかあの若菜がそんなことを言ってくるなんてびっくりしたよ」

『さっきから言ってるけど、その“あの若菜”ってなに？』

「いや、若菜って家でも学校でもクールなイメージあったからさ」

『それは……』

「なんか、電話だと声が違くない？　そもそもお前って俺のことお兄ちゃんって呼んでたっけ？」

『～～～～っ！』

「なんか今日はいつもと――」

『そういうことは思ってても口に出さないのっ！　兄さんの馬鹿ッ！』

ガチャン！

　まだ会話の途中だったのに電話を切られてしまった。

「な、なんで急に怒り始めたんだあいつ！？」

ドンドンドンドン！！

　部屋の壁が叩かれている。

　犯人は間違いなくさっきまで話していた若菜だ！

　なにやら機嫌を損ねてしまったらしい……。

◇

「あっ、おはよう若菜」

「おはようございます兄さん」

　朝起きて、洗面所に行くとばったり若菜と鉢合わせした。

　若菜は顔を洗っているようだ。

「すいません、今終わりますから」

「若菜、昨日の話なんだけど……」

「その話はまた後で」

「え？」

「ほら、早く用意しないと遅刻しますよ」

「う、うん」

「先にリビングに行ってますからね」

「……」

「後、兄さん寝ぐせついてます。ちゃんと直してきてください」

　義妹が、顔をタオルで拭いながらリビングにそのまま行ってしまった。

　今日の若菜は、俺がいつも聞き慣れているクールで澄んだ声に戻っている。昨日電話で聞いた甘えた声と全然違い過ぎる。

「……俺、夢でも見てたのかなぁ」

　そんなことを思わずにはいられなかった。

◇

「兄さんがのんびりしているから出るの遅くなっちゃいました」

「別にわざわざ俺のこと待ってなくてもいいのに」

　俺と若菜はいつも一緒に登校している。

　今日もいつも通り二人で通学路を歩いていた。

「私がそうしたいからしているだけです」

「それで昨日の話なんだけど」

「昨日の話？」

「告白の返事の話」

「い、いきなりその話をします！？」

　クールな若菜の声が一瞬で動揺したものに変わった。

「いや、こういうのは早い方がいいかなって」

「……」

「……」

「……」

「……」

「そ、それで返事は……？」

「いいよ、俺もずっとお前のこと好きだったし」

「えっ？」

「実は俺もお前のことはずっと女の子として意識してたんだ。中学の時に告白されたのを断ったのもそれが理由だったし」

「えっ？　えっ？」

「だから昨日告白してきてくれて嬉しかった」

「へぇええ！？　そうなんですかぁ！？」

「声、裏返ってるぞ……」

「す、すいません。な、なんだか混乱しちゃって……」

「……」

「……」

「……」

「な、何かしゃべってくださいよ！」

「俺だって混乱してるんだって！　頭が真っ白になってるの！」

「じゃ、じゃあ今日から私たちは恋人同士ということでいいんでしょうか？」

「そういうことでいいんじゃないかなぁ……」

「そ、そういうことでって……」

「ダメか？」

「そ、そんなことはないです！　むしろこっちからお願いしているわけですし！」

「じゃ、じゃあ――」

「……ふ、ふつつかものですが。これからも宜しくお願いします」

「そんな深々と頭を下げなくていいって！」

「うぅ……嬉しくて泣けてきました」

「大袈裟じゃない？」

「大袈裟じゃありません。ずっとずっと好きだったんですから」

　若菜が声を震わせながら俺にそう言ってきた。

「でも、やっぱりその声が若菜だよなぁ」

「どういうことですか？」

「いや、やっぱり昨日の電話の声はおかしかったなぁって」

「……昨日も言いましたが、そういうことは思ってても口に出さないでもらえますか」

「なんで？」

「いつもこんなんですけど、私だって誰かに甘えたくなるときがあるんです」

「甘えたくなる？」

「もうそれ以上は言いません」