透明人間がいる 【Day2 透明】


「透明人間がいるんだって!」

 最近様子がおかしいから見てきてと叔母に言われて、従妹の家に遊びに行った。久しぶりに会った従妹は、ニコニコと目じりの下がった笑顔だったからひとまず安心する。手ぶらじゃなんだからと買っていったケーキを一口食べて、淹れてくれたコーヒーを一口飲んだとこで、突然そう言った。

「知らないうちにコップが落っこちてたり、カバンがひっくり返ったりしてるの。絶対、透明人間だと思うんだよね。すごくない?」

 知らないうちにそんなことになってたら気持ち悪いだろうに、やけに楽しそうなのがちぐはぐで、やっぱりおかしいのかと思った。

「自分でやってんじゃなくて?」

「ううん、気づいたらだから」

「ここ、事故物件とか?」

「違うよー。借りるときに聞いたもん」

 怖いから無理に明るくしてるとか?

「怖くない? 引っ越しなら叔母さんに」

「ぜんぜん! だって透明人間だよ? すごいでしょ」

 話をさえぎって熱弁するのにびっくりした。そのあとも、すごいすごい言うだけで楽しそうだから本当に怖くないんだろう。でも、透明人間を信じてるのはおかしいよね。叔母に相談しようと決め、最後の一口を食べた。コーヒーを飲んでテーブルにコップを置き、従妹に目を向けると表情が消えていた。うつろな暗い目でのっぺりした顔。別人に見える従妹がコップを掴んで思い切り床に投げつけた。ガチャンッ、と大きな音がしてコップが割れる。

 突然のことで混乱して、恐る恐る従妹を見ると、さっきまでのやけに楽しそうな顔で明るく叫んだ。

「透明人間だ! ねえ、見て。知らないうちになってるもん、やっぱり透明人間だって思うでしょ?」

 ニコニコと笑う従妹の目の奥が、さっきの暗い色をたたえている。背中がゾワッとした。

「思うよね?」

「……うん、そうだね」

 あの目に見つめられて、そう言うしかなかった。

 従妹が割れたコップを片付け始めたすきに、てきとうな言い訳をして家を出る。早く人のいる場所へ行きたくて早足で歩いた。

 叔母に何て言おうかと悩んだけれど、結局そのまま伝えた。半信半疑の叔母は自分も様子を見に行くと言って電話を切った。その後、しばらくして叔母から届いたメッセージには、『透明人間がいる』

 返信はしていない。






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