第17話

 でもさ、私なら……私ならできるんじゃない?


 脳裏に甘い言葉が響いた気がした。


【使いナさアィ?】


 そんなことを言われている気がする。ああ、そういえばもうそろそろお薬の時間だなって思ったけれども、飲んでいる暇はない。大丈夫、大丈夫、死なないよ。羽田さんに見てもらったし、静電気より少し強めなバチッとするだけ。


【邪魔ナら……コろシなさ阿イ?】


 ごめんねイザナミ様、それは出来ないや。そう心の中で謝り、私は立ち止まり、少年の方へ指先を向けて両手を合わせる。


(手から生まれ出づるは山雷やまつち! なんてね)


パンッ


「人殺しは犯罪なの」


 己の手による乾いた音が耳に入ると同時くらいに、細い電撃が少年へと伸びていく。



「うわあっ‼︎」


 驚き混じりの小さな悲鳴が上がる。



 自転車から転げ落ちた少年が、立ち上がり自転車は乗り捨てて足で逃げようとするが、私たちと反対側からは、見知らぬ男性……いやGCOの制圧隊服を身に纏った男性が2人立っていた。


「おい、ボウズ。逃げんなよ」


 1人が縄を取り出して、胸の前に構えて縄の先を少年に向かって投げる。するとまるで意思があるような縄がシュルシュルッと少年の細身な身体に巻きついてあっという間に捕縛された。さらに近づいて逃げられないように固定する。

 もう1人の男性は何やら電話をかけ始めた。


 素早い動きで行われたそれらは非日常的で、自分の目の前であったことなのに、画面の中を見ているような心地がした。


 後ろから追ってきたミズキさんは、「お疲れ様ですー」と男性たちに挨拶をすると私を手招きする。2人のGCO制圧隊の男性の足元に座り、縄でぐるぐる巻きの少年。その前にいるミズキさんの横へと移動する。


 情報の引き継ぎをするから、私には少年になんで逃げたかを聞いてみてほしいと言われた。突然のお仕事に私は顔を青ざめさせる。この少年もゴフテッドなのだからまた何か別のゴフトを使用するのではという考えが頭の中をぐるぐる巡っていく。



「大丈夫、その縄で縛られるとゴフト使えないんですよー、ね? ニ木にきさん?」


「ええ、そうですけど…………そっちの、新人ですか?」


 ニキさんと呼ばれた男性は、最後の新人かというところだけ声を潜めてミズキさんに問いかけた。ミズキさんは頷いて肯定する。「アタシはあっちで情報引き継ぎちょっとしますー」と言って、電話をかけている男性の方へ歩いていった。


 私は意を決して、しゃがみ少年と目線を合わせて問いかける。


「あの、なんで逃げたんですか?」


「わかんだよっ! あんたみたいな奴らは」


 喚く少年は、私と目を合わせようともせずそっぽを向いた。


「わかるって?」

「…………」


 口を閉ざした少年は、二木さんに小突かれる。


「ほら、捕まってんだ。素直に話せよ」


 チッと舌打ちをすると、少年は嫌そうな顔を隠しもせず、私の方に向き直って吐き捨てた。


「あんたたちの……オーラが、不自由ありません〜って言ってんだよ」


 さっきも逃げる前に、彼は『幸せそうな”モノ”しやがってっ! 俺を馬鹿にしてるんだ‼︎』と言っていたな。やっぱり……ミズキさんが教えてくれた予想通りなのかな、と確信めいたものが生まれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る