第15話

 家の中は、汚くチラシが床に散らばって、ガラクタが壁側に積み重ねられている。

 今は一人暮らしということだが、リビングには机を囲んで4つ椅子があり、私たちはそこへ腰掛けて話し始める。



「どうも改めてギフテッド対策局のミズキと申します。今回通報された内容をお聞きしていいですか?」


「ええと、そうですね、ある日チラシが入っていたんですよ。『神の水売ります』ってやつが」


「それで?」


「そこには連絡先が書いてなくて、場所と時間帯だけ。なんというかすごく気になってしまって、幸せな気分になれるって書いてあってだからその……」


「行ったんですねー? 書いてあった場所へ、書いてあった時間に」


 ミズキさんの問いに、男は気まずそうにこくりと頷いた。敬語を使い慣れていないのか、それとも舐められているのか、彼は敬語とタメ口を行ったり来たりする。


 淡々と話を聞いていくミズキさんの隣に座っているだけで、私は何もできない気持ちで歯痒くなってしまう。ただ元々何も話さなくていいから、見学しててねーと言われてしまっているので、これが今日の仕事である。



 なんでそんな怪しいところに行ってしまうかなあ〜というのが、私の素直な感想だが、そんなのを口に出すことはしない。



 話を聞いていくと、中学生くらいの子供がおり1万円でその水を買ったそうだ。「なぜ信じたのか」という問いに対して、彼は語る。


「その子が言ったんです。自分は水に関わるゴフテッドだって! 見たんだ、何もしないのに水が渦巻くのを。だから買ったんです! でも飲んでも何もなくて……」


 彼は自分を落ち着けるようにため息を吐いて、おもむろに足元にあった空のペットボトルを机上に置いた。


「……これが買った水が入っていたペットボトル」


 えっ? それがそうだったの? 家の中がゴミだらけで、私たちの周りにも空のペットボトルやら、お酒の空き缶がゴロゴロと転がっていたから、ただの風景の一部かと思っていた。


「見ますね」


 ミズキさんはペットボトルを受け取り、しげしげと観察する。


「ペットボトルが結構、使いまわしている感じですがーこれは佐々木さんが?」


「元から……」


 中の水滴は買った水の残りだと補足を受ける。あと見てほしいものが他にもあると、男は別の部屋へ行った。





「おっとおっと‼︎ 当たりですよーこれ」


 ペットボトルに入ったほんの僅かな水滴を眺めながら、ミズキさんは少しだけ声を弾ませて私に言う。


「当たり?」


 私が尋ねると、「持ってみてー」と小汚いペットボトルを手渡され、おそるおそる手に取る。手に取った瞬間わかる。皮膚に感じる違和感、なんらかの反発力を感じる。


「それが他人のゴフト」


 ミズキさんは私に耳打ちする。顔がこわばり、驚きに手が離れそうになるのを抑えて両手でペットボトルを握る。そこへ、目的のものと思しき、くしゃくしゃにされたチラシを片手に男が戻ってきた。

 それをまた机の中央に載せて見せてくる。説明をしないのに痺れを切らしてミズキさんから話しだす。


「今朝連絡した時におっしゃってましたけど、同じようなチラシがまた入っていたというのがこれですかー?」


「そうです」


「行くつもりはないですよねー?」


「もちろんです」


 男は無意識かどうか知らないが、視線が定まらず貧乏ゆすりをしている。ミズキさんがくしゃくしゃになっているチラシを開くと、拙い筆跡で『神の水売ります』『幸せを手に入れられるゴフトで作ります』という文言と、日付と場所が書かれている。

 その場所は少し遠いが、車で行けば大した時間はかからない。日時は……今日っ!?




「あーまず、ペットボトルを先ほど確認したましたがーその子供もしくは関係者が、ゴフテッドなのは間違いないでしょう」


 断言したミズキさんの言葉に、男は食いついた。


「でも! 何もっ……何もなかったんです‼︎ 騙されたんだ、ゴフトでもないんじゃ? これって詐欺ですよね、金は返ってくるんですか?」


 質問を重ねる男に対してミズキさんは腕を組み、慣れているのか冷静に返答する。


「んーまあ、いくつか可能性はあります、多少ゴフトを水に流し込んだとて、生産系のゴフトでなければ効果なんて出ないですよ―。これはゴフトを浴びたただの水だったり……とか」


「そんなっ! 金はっ!?」


 金、金とうるさいな。ボラれて1万だろ、私さっき15万の被害者見てきたんだが。唾でも飛んできそうな男に私は顔をしかめそうになる。隣のミズキさんは平然としており、ひよっこの私との違いを感じさせられる。



「それは今の時点ではなんとも言えないですねーアタシらはただの調査員なので、詳しくは別途担当部署からへ連絡させます」


 しぶしぶ納得したようで、ペットボトルとチラシはこちらで預かることを了承してもらい、ようやくこの家から出ることとなった。



「さて、わかると思いますけどー、行きましょうかーここ」


「はい!」

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