day6 アバター
ある日の朝。黒谷ウグイが出社すると、先に席についていた隣の席の後輩が首を傾げていた。
「おはようございます、森永さん」
「あ、黒谷さん。おはようございます」
ウグイに声をかけられてぱっと顔を上げた森永メロは挨拶をしたあともウグイの顔を眺めていた。
「……なにか?」
「あー、えっと。最近、わたしと黒谷さんって川魚の話とかしましたっけ?」
突然の質問にウグイはきょとんと目を丸くするが、すぐにメロから目を逸らして荷物を机に起き、パソコンの電源を入れる。
「たぶん、してないと思います」
ゆっくりとウグイが答えるとメロはですよねーと何度か頷いた。
「いやー、昨日テレビで川魚のヤマメとかウグイとかの話してて。最近どこかで聞いたけどなんだか思い出せないんですよ」
なんだったかなあ。眉間に皺を寄せて悩むメロに、ウグイは思わず吹き出した。
「それはきっと、これです」
そう言って彼は首から下げた社員証をメロに差し出す。
「黒谷さんの社員証? ……あ、ウグイ」
「そう。ぼく、名前ウグイって言うんです。変な名前ですよね」
「あはは、変って言えばわたしも十分変ですから」
メロも笑って社員証を掲げる。
「わたしには双子の弟がいて名前がテオって言うんです。メロとテオ。二人でメロディらしいですよ。調和を大事にできるようにって意味らしいんですけど、調和ってメロディじゃなくてハーモニーなんですよね。バカみたい」
流石にディはそのままつけられなかったから、それっぽい名前にしたみたいですけど、それでも変ですよね。メロはため息混じりに苦笑する。
「ぼくはですね、ぼくが産まれた日の朝に祖父が渓流釣りに行って山ほどウグイを釣り上げたからウグイだそうです。ウグイの加護があったから安産だったんだって。こっちもほんとにバカみたいです」
そう言ってウグイがメロを見る。二人は顔を見合わせて笑った。
「まあでもバカみたいでもかれこれ三十年ウグイです。愛着のようなものもあるんです。だから」
ウグイは社内チャットの自分のページを開いて見せた。
「ぼくのアイコンの魚、ウグイなんです」
「そうなんですね。そういえばメールやオンライン会議のアイコンも魚でしたね」
「ええ。基本的にウグイないし魚の写真やイラストにしてます。ふざけた名前ですけど、そうしたらちょっとかわいく思えてきまして」
そう言ってウグイが微笑むとメロは顔を赤くして頷いた。
その翌日。ウグイが出社すると彼の席に魚のぬいぐるみが置かれていた。
「これ」
「それ、ウグイのぬいぐるみなんですよ」
隣の席のメロが笑って答える。
「そんなのあるんですね」
ウグイは席につきつつぬいぐるみをなでる。ちょっと固くてふさふさしたウグイは真ん丸な目をキラキラさせている。
「昨日話した弟がぬいぐるみ好きなんですよ。でもなんかこだわりがあるらしくて気に入らなかったぬいぐるみをわたしの家に置いていくんですよね」
その中にいたので連れてきました。よければ差し上げます。メロはそう言って首をこてんと傾ける。
その仕草が少女のようでかわいいけど、それを言うのは気恥ずかしくてウグイは目をそらしてぬいぐるみの写真を撮る。
「ありがとうございます。大事にします」
撮った写真は社内掲示板のアバターに設定しておいた。
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