day4 触れる
「松山さーん。松山千晴さーん」
「はーい」
土曜日の午前中。初めてやってきた歯科医院で千晴は受付に向かう。
「松山さんですね。……あら? 女性だったんですか」
「あー、はい」
実はそうなんです、とは言えず千晴は曖昧な笑みを浮かべた。
千晴が名前だけで男女間違われることは少なくない。病院はその最たるもので、学生の頃にショートカットにしたときは顔を見せても疑われ、その時は学生手帳でようやく女性だと納得させられた。
それ以降、千晴はずっとロングヘアを貫いているし服装もフェミニン……は彼女の性格上敷居が高いけど、キレイ目で女性らしい服装を心がけている。
(その前はどうしてたっけかな)
更に昔のことを思い出そうとするも、それ以上は出てこない。千晴は諦めて診察券の作り直しを待つ。
歯科医院を出て、千晴は駅前に向かう。別になにか用事があるわけじゃないけど、なにか気分が上がるものを探したい。
(男女間違われるなんて慣れたと思ったんだけどな)
いつもの、よくある、気にするようなことじゃないと彼女は自分に言い聞かせるけど、いつものようにはうまくいかなかった。
「あ」
駅ビルの一階の雑貨店のショーウインドウに千晴は吸い寄せられる。
そこにはふわふわしたウサギのぬいぐるみがたくさん飾られていた。ウサギはそれぞれ麦わら帽子を被っていたりスイカや水筒を抱えていたりと夏仕様になっている。
「ひゃーかわいい」
千晴は急いで雑貨店に入る。ショーウインドウの内側でウサギたちが待っている。
「あ、これ、バラバラで売ってるんだ」
ウサギのぬいぐるみと、一緒に飾られていた麦わら帽子やスイカや水筒なんかはセットではなく個別販売で、好きな組み合わせにできるらしい。
小さなぬいぐるみ用の麦わら帽子を手に取り、千晴はふと同僚のことを思い出す。
文鳥のぬいぐるみをかかえて目を輝かせていた彼。ふわふわしたものや柔らかいものが好きなのだとぬいぐるみを大事そうに撫でていたちょっと小柄で綺麗な顔の男性社員。
「この麦わら帽子、文鳥にぴったりかも」
それにこのふわふわのウサギも彼の好みだったりするかもしれない。
(いや、でも)
ただの同僚がいきなりそんなものを渡してきたらキモくない? 変じゃない?
千晴は悩む。悩んで悩んで……小さな麦わら帽子を二つ、そしてウサギはボールチェーンのついた小さいタイプを二羽買ってしまった。
「どうしよう」
買ってみたものの、どうやって渡そうか。千晴は戸惑いながらも受け取ったショッパーに触れると、なんだか柔らかくて温かい気がした。
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