day2 透明

 窓の外の夜空にはわずかに星が光っていた。昼間の雨の匂いが残り、蒸し暑くて仕方がない梅雨の夜。

 電子的な呼び出し音が手元のスマホから響く。青年は溜息を吐いて窓を閉めた。透明な仕切りが出来ただけで蒸し暑さが一気に落ち着く。

 手元のスマホは未だ鳴り続けていた。

「もしもし」

 あえて思い切りうんざりした声で青年、黒谷ウグイは電話に出た。

「こんばんは、ウグイちゃん。出るの遅いじゃない。あ、今日は会社の方の結婚式に参加してたのよね? どう? いい人いた?」

「後輩の披露宴にそういうの求めるのは今時セクハラなんだけど」

「なに言ってるのよ。あなた今時の草食系気取るつもり? そんなんだからいつまでたっても」

「切るよ」

「んもう、あなたのために言っているのに! でもいいわ。良さそうなお見合いがあるんだけど」

「お休みなさい」

 ウグイはスマホを耳から離し通話終了のボタンをタップする。内心ではそのままスマホを床に叩きつけたいくらいの気持ちだったが、強く握りしめて堪えた。




 透明な窓ガラスには冴えない青年……おじさんに片足突っ込んだウグイが映っていた。

 昼間はワックスで固めてあった前髪が垂れて目にかかり、メガネに引っかかって鬱陶しい。髭が伸びてきてやつれて見える。

「はあ」

 ウグイは溜息を吐いてカーテンを閉めた。

 先程電話を寄越したのは彼の伯母である。ウグイの母親の姉で、何くれとなくウグイの世話を焼きたがる女性だ。

 ウグイの両親は揃って趣味に忙しい人たちで彼が中学生になる頃にはやれ城巡りだやれ寺巡りだと休みの日に家にいることがほとんどなかった。

 そんなウグイを伯母が心配して目をかけてくれたのは確かに当時はありがたかった。家事全般を彼女に教わったからウグイは地元から離れても問題なく一人暮らしを十年近くも続けられているのだ。

 しかし、それはそれである。最近は結婚して孫を見せろと実の親も言わないことをしつこく言われて辟易していた。

 伯母にだって夫と子がいて、従兄弟たちはちゃんと結婚して子供だって複数いたはずだ。お祝いをしこたま搾り取られたのは記憶に浅い。

「払ったお祝いを取り戻さないと」

 とは伯母の弁である。余計なお世話だとウグイはその時も電話を叩き切った。

「だいたい結婚式で相手を見つけるとか昭和かよ」

 昼間の後輩の結婚式を思い出す。披露宴自体は穏やかで良いものだった気がする。隣に座っていた後輩女子も華やかなドレスがとてもよく似合っていてきれいだったなとウグイは思い返す。

 後輩女子こと森永メロが二次会にはいなかったような気がするがどうしていたかはウグイは知らない。ウグイ自身は上司に二次会に連行され上司の奥方との馴れ初めを延々と聞かされて、他の人々がどうしていたかまで気を配る元気がなかったのだ。

「まー、森永さんかわいいし彼氏とデートとかしてたんだろうな」

 そう呟いてウグイは風呂へと向かう。かわいい彼女が欲しいかと問われればもちろん欲しい。ただ、特定の誰かを思い浮かべることは今の彼にはできなかった。

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