高い空と白い雲とやる気のないあたしたち

水谷なっぱ

day1傘

 瀟洒なホテルのラウンではきらびやかなドレスを纏った女性たちが静かな時を過ごしていた。

 外では梅雨の終わりかけの雨が叩きつけるように降っているけれど、その雨音すらラウンジ内には届かない。

 華やかな女性たちの中で一際輝く濃い紫のドレスを纏う女性がいた。カウンターでジンジャーエールを舐めるように飲む彼女の名前は森永メロ。

 メロは少女と言っても過言ではない可愛らしい顔立ちと、それに反する均整の取れた美しいプロポーションを夜が明ける直前のような紫のドレスで覆っている。やや明るい栗色の髪を柔らかくシニョンに結い上げ、ほっそりとしたうなじが色香を放つ。

 彼女があまりにも目立つものだから、声をかけられる者はおらず、メロは職場の同僚の披露宴を終えてからずっと一人で過ごしている。

「ねえ、隣いい?」

 そう声をかけたのは先程の披露宴でメロとは違うテーブル……新郎側の同僚のテーブルにいた男性だった。

「どうぞ」

 メロは少し目を細めて、素っ気なく答える。

「ありがと。シャンディガフを」

 男性はグラスを磨く店員に微笑んでから、メロを見つめた。

(うーん、見かけは悪くないわね)

 メロは男性に薄く微笑む。旗色が悪くないと判断したのか男性はメロの方へ体を向けた。

「さっきの披露宴で奥さんの方のテーブルにいたよね?」

「ええ、同僚なの」

「へー、てことは同い年? 二次会いく?」

「たぶん行かない」

「じゃあ飯とかどう? ハラ減ってんだよね」

「そうねえ」

 軽い調子の男性にメロは適当に返す。

「女子的にさっきの披露宴ってどうなの?」

「どう、とは?」

「やっぱジューン・ブライド憧れるーとか、ウェルカムボード手作りで素敵!とかさ」

(って言われてもなー)

 メロは内心でつぶやく。正直普通の披露宴だったとしか言いようがない。これまで彼女は何度となく友人やら同僚やら親戚やらの披露宴に参加してきた。その中でどうかと言えば……普通だった。

 心の中で結婚式および披露宴というものを思い浮かべてみてくださいと言われて、三十人中二十五人くらいが思い浮かべるようなスタンダードな披露宴だった。

 しかしそれを言うのも可愛くない気がしてメロは悩む。悩んで、とりあえずかわいこぶることにした。

「ジューン・ブライドいいですよね。ウェルカムボードも凄く頑張って作ってたのを知っているので、素敵なボードだったと思いますよ」

「やっぱり女の子ってそういうの好きなんだ。なんか嫁もすっげー張り切ってたし」

 嫁、いるんですか。メロは笑顔を貼り付けたままこてんと首を傾げる。

「男からしたら面倒でしかないけどね。あいつもよくやるよ。まー結婚は人生の墓場ってね」

 うわー、うわー、うわあああ。メロの心の中は大騒ぎだった。ひとしきり騒ぎ、ドン引きしてからメロはちょっと冷静になる。

(知り合いがいるであろう場でそんなこと言えちゃう人だから、既婚であることも隠さずにナンパとかしちゃうんだよねえ)

「あ、わたし飲み物なくなってしまったので失礼しますね」

 グラスをすすっとカウンターの奥に押しやってからメロは音も立てずにスツールから降りる。

 その腰を男性が引き止めた。

「二次会行かないんでしょ? 食事でもどう? 奢るよ?」

「いえ」

 腰に回る手をはたき落としてメロは微笑む。

「会社の同僚に囲まれた状態でナンパするような既婚者と関わりたくありませんので」

 それではと背を向けて歩き出した。



 外では相変わらず叩きつけるように雨が降り続いている。

 パーティ用の小さな鞄から出された折りたたみの傘はあまり意味をなさないけど、ささないよりはマシだろう。メロはでっかい溜息を吐いて歩き出した。

「ジューン・ブライドがなんぼのもんじゃい!」

 可愛らしい唇から吐き出されたオッサンのような台詞は、幸いなことに誰の耳にも入らず消えた。

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