第7話 贈り物をあなたに、お返しは……
買い物から戻ったエリーヌは、その足で植物園を覗いてみる。
ガラスで覆われた部屋の窓から覗いてみるが、見る限りアンリの姿は見当たらない。
廊下側からは植物園の全貌は見えないため、裏庭のほうへ回って中を確認することにした。
(えっと、こっちから出るのかな? あれ? こっち?)
方向音痴なのも相まってか裏庭が見えているのにそこへ行く通路が見当たらない。
すると、廊下の壁と壁の間に細い通路があるが見えて、そちらに向かってみることにした。
「あ、出られたっ!」
ようやく出られた裏庭にはたくさんの植物と、ガゼボ、それからお墓があった。
(お墓……?)
きっと敷地内にあるのだから、身内の人のものかもしれない、と思いながら近づこうとすると、後ろから声を掛けられる。
「エ!……リーヌ」
びくりとするような『エ』だけを強調された呼び声は、最後に弱々しく、そして恥ずかしそうに後の言葉を紡ぐ。
振り返るとそこには部屋へとつながる扉を開けているアンリの姿。
「アンリ様……!」
「何かあったかい? 大丈夫かい?」
自分のことを心配してくれていると気づいたエリーヌは、ちょこんと頭を下げる。
「大丈夫です。屋敷を探索させていただいておりました」
「そうか、好きに見てくれて構わないから」
「ありがとうございます。あ……」
そこまで話していてようやく贈り物のことを思い出してアンリに歩み寄る。
「アンリ様、今少しお時間をいただくことはできますか?」
「え? あ、ああ。大丈夫だけど……外は肌寒いから中に入って」
扉を広げて身体を寄せると、彼女を呼び寄せる。
ありがとうございます、と一言礼を言った後でエリーヌはアンリの招いた部屋に入った。
(すごい本の数……)
エリーヌの部屋にも数多くの本があったが、比べ物にならないほどの本棚の大きさと本の数──
家具はやはりヴィンテージものが多くあり、年代物の机やソファなどがある。
(重厚感のあるお部屋……)
「私の執務室だよ。多くは研究室にいるけど、たまにこちらでも仕事をしている」
前に書類を研究室に持ち込んで土まみれにしてディルヴァールにこっぴどく叱られたんだ、なんて頭を掻きながら話す。
失態を恥ずかしそうに話す彼にそっと近づき、雑貨屋で買ってきたネックレスと手紙を渡した。
「これ……は?」
「ご迷惑でなければ受け取っていただけませんでしょうか?」
「開けても、いい?」
「はい」
店主がつけてくれたシルバーのリボンを解き、中身をチラリと確認すると、手のひらに落とさないように袋から出す。
「これは……ルジュアル細工かい?」
「はい、やはりご存じなのですね」
「ああ、この地方の工芸品で俺はこれが好きなんだ。もしかして、君も?」
「はいっ! 一目で気に入ってしまいました!」
エリーヌのなんとも嬉しそうな表情を見て、アンリは思わず顔をそむける。
「可愛い……」といつもながらに小さな声で呟きながら、顔を手のひらで覆う。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ! 大丈夫だよ。これを俺に?」
「はい、実は……お揃いなんです」
自分の首につけたピンクに光るネックレスを見せて恥ずかしそうに上目遣いに彼を見る。
「──っ!! おそ……ろい……!」
「すみませんっ! 嫌でしたよね? お気に召さなければディルヴァール様にお渡ししてもよいので」
「それは嫌だ」
きっぱりと真剣な表情で断り、なんとも嫌そうな表情を浮かべる。
口をとがらせて、他の男にあげるなんて嫌すぎるだろ、と小声で言う。
──彼は、どうやら心の声が無意識に出てきてしまうタイプらしい。
エリーヌが贈り物を受け取ってもらったことに安心していると、アンリがどんどん近づいてくる。
「え……?」
シルバーの髪に包まれた端正な顔、そしてアメジストの瞳に襲われる。
彼はドンとエリーヌの後ろにあった壁に、彼女を捕らえるように手を打つと、そのままエリーヌの首筋に顔を近づけた。
「──っ!!」
鼓動が早まって思わず呼吸が止まってしまう。
彼はエリーヌのうなじに手をやると、そのまま冷たい手を滑らせる。
(ど、どうしよう……え……?!)
身体を動かせずにいると、アンリはそっと離れていく。
すると、その手にはエリーヌがつけていたルジュアル細工の加工の施されたネックレスがあった。
「あ……え……?!」
「ふふ、ごめん。奪っちゃった。これ、俺にくれない?」
どういう意味か分からず、エリーヌはきょとんとして彼の瞳をじっと見つめてしまう。
彼は少し意地悪そうな、策略めいた顔つきをする。
「エリーヌ、後を向いて」
「は、はい」
言われるがままに後ろを向くと、自分の首元に再びひんやりとした細い何かがかけられる感触があった。
ふとそれを手に取ってみると、それはエリーヌがアンリに送ったブルーのルジュアル細工が光を受けて光っている。
「これは……」
「君のものが欲しかった。だから、交換。それは俺の大事なものだからもしよかったら肌身離さずもつけててほしい。それで……」
エリーヌに見せるように細い指先でピンクのルジュアル細工のネックレスを持つと、そのまま自分の首にかける。
「君のものを俺にちょうだい?」
「──っ!!」
今までのアンリの印象とは違い、なんとも色っぽく艶めかしい瞳と仕草でエリーヌを魅了する。
それから……といった感じで言葉を続けると、もう一つ渡されていた手紙を見せて微笑んだ。
「これは大事に後で読ませてもらうよ。ありがとう」
「は、はい!」
優しくて恥ずかしがり屋で、どこか危なっかしい印象を受けていたエリーヌだったが、夫の新たな一面を見て心がざわめいて鼓動の音を抑えるのに必死だった──
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