第37話 LOSKAを守る

——— 社長は真嶋 茉白。それ以外は認めない。


「わたしが…しゃちょう…?」

遙斗は頷いた。

「む、無理ですそんな!急に社長なんて…」

茉白は驚いて、また首を横に振った。

「いつかは継ぐつもりだったんなら、覚悟はできてるはずだ。いつかが今になっただけだろ?」

「…で、でも…」


「LOSKAは茉白が自分で守れ。」


遙斗が茉白の瞳を見て言った。

「……私が…自分で…?」

「何度も言ってるけど、一人で抱え込む必要なんてない。俺も米良もサポートするし、シャルドンは茉白を一人前の社長にする教育だって受けさせてやれる。」

「茉白さんなら大丈夫ですよ。」

「だってまだ28…」

「20代の社長なんて珍しくもない。」

「…それに…父だって…」

茉白は父から会社を取り上げるような罪悪感を感じた。

「茉白のお父さんも賛成してるよ。」

「え…あ、そういえばさっき…父に会ったみたいなこと…」

「先程まで別室でお話しさせていただいてました。」

「え!?」

「Amselの話と、買収の話と、茉白を社長にするって話。」

「父は…私に継がせる気は無いんじゃないですか…?」

茉白は恐る恐る聞いた。

「父親だからな。経営の大変さを知ってるから、茉白にはもっとラクに暮らして欲しかったみたいだよ。」

「………」

「…だから俺と米良からは茉白と初めて商談した日から今までのことを話した。どれだけLOSKAを想ってて、どれだけ優秀な営業企画か。」

「………」

「影沼のことも、茉白に会社を継がせずに茉白にラクをさせてやりたいって親心だったらしい。俺からしたらぶん殴りたいくらい余計なことだったけどな。」

遙斗は苦笑いで言った。

「だから、茉白が継ぎたくて継ぐなら協力は惜しまないって言ってたよ。」

気づくと茉白の目からまた涙が溢れていた。親心に触れたからなのか、張り詰めていたものが解かれたからなのか、はっきりとはわからない。

「だから茉白が社長になってLOSKAを引っ張って、守っていけばいい。まずは失いかけた信頼を取り戻すところからな。」

茉白は涙を拭いながら頷いた。

「…はい…がんばります…」


遙斗の話では、Amselはコスメの品質がここ最近どんどん低下していて、シャルドンでの取り扱いが無くなる寸前だったらしい。それに焦った影沼が、パーティーで遙斗や米良と親しげに話していた茉白に目をつけ、シャルドンでの売上が好調なLOSKAを支配的に利用してAmselの業績を回復させようとしていたようだ。

「茉白と結婚すれば、LOSKAの信頼性ごと社長の座が手に入って商品の偽装みたいなこともしやすいからな。」

(あのまま結婚してたら…LOSKAはきっとすぐに無くなってた…)


「それにしても、茉白さんと出会ってから見たことのない遙斗がいろいろ見れてここ最近面白かったですよ。」

米良が楽しそうに言った。

「え…?」

「おい…」

遙斗が米良を睨んだ。

「子どもみたいに拗ねたり、焦った表情をしたり、社長に頭を下げてるところも初めて見ました。」

「あたま…?どうしてですか…?」

「しょうがないだろ、いくら特許があっても利益になるのは未来の話だ。」

「え…そんな、そこまでしていただいたんですか…!?」

「本当に米良は余計なことしか言わないよな…」

遙斗が不機嫌な口振りで言った。

「茉白さんだけですよ、遙斗にここまでさせるのは。よほど茉白さんのことが好きなんですね。」

「………」

茉白は恐縮と照れ臭さが混ざった顔をした。

「だいたい、遙斗が早く素直になればこんなにこじれることも無かったですよね。」

「米良…お前な…」

「新婚旅行を邪魔されたお返しだ。」

米良はわざとらしくにっこり笑って言った。

「だからもう一回休ませてやるって言っただろ?」

遙斗は不満そうに言う。


「じゃ、私は後始末とか今後の準備とかいろいろと忙しいので。」

そう言って米良は部屋から出て行った。


「「………」」

二人きりになり、また沈黙が訪れる。

「……え、えっと…なんだかいろいろありすぎて頭が整理できそうにないです…」

茉白は遙斗と二人きりになって気まずそうに言った。

「単純な話だろ?」

「え?」

遙斗が茉白を抱き寄せる。

「茉白がLOSKAの社長になって、俺と結婚する。それだけの話だ。」

「…………………え?」

茉白はキョトンとした表情で遙斗を見た。

「今、なんて—」


———ピコン!

茉白のスマホの通知が鳴った。

———ピコン!

———ピコン!

———ピコン!

「え!?何!?」

画面を見るとTwittyの通知が次々と表示される。

———プルル…

今度は電話が鳴った。

(莉子ちゃん…?)

「もしもし?」

『あ!茉白さーーーん!!』

興奮したような莉子の声は遙斗にも聞こえるほど大きい。

「どうしたの!?なんか通知が止まらないんだけど…」

『聞いてください!今日スワンさんに最後の挨拶に行ったんですけど…』

「うん」

『そしたらなんと!レダさんがいて!』

「レダさんってインフルエンサーだったっけ?」

『ですです!なんとレダさんてスワンさんの常連さんで、いつもスワンさんで雑貨買ってるんですって!今日なんて、スワンさんの店内がレトロでかわいい〜って投稿してたんですよー!』

「そ、そうなんだ…」

『それで、私もスワンさんのおばあちゃんの大ファンだって言ったら意気投合して!レダさんがLOSKAのアカウントをフォローしてくれて!ウチの商品もタグ付けして紹介してくれたんです〜!』

それで通知が止まらなくなったようだ。

『それでね、茉白さん。スワンさんのおばあちゃんもSNSとか楽しそうねって言って、まずはメールから始めてみようかしらって言ってくれたんです。』

「え…」

『だから、私は辞めちゃうけど…スワンさんはメール注文にしてくれそうだし、レダさん効果で売上が伸びると思うので…取引、やめないでください…』

莉子がしんみりした声で言った。

(あ…莉子ちゃんはまだ影沼さんがいなくなったって知らないんだ…!)

「あのね、莉子ちゃ—」

茉白が言いかけたところで、遙斗がスマホを取り上げた。

「もしもし莉子先生?」

『え…?誰…?茉白さんは!?』

急に男性に変わったので莉子は戸惑った声になる。

「雪村です。」

『………え!?えぇ!?雪村専務??』『なんで!?』『茉白さんのスマホですよね!?』

突然電話口に雪村 遙斗が登場し、莉子は軽いパニック状態だ。

「茉白が寂しがるので、辞めるのやめてもらえますか?」

「………!」

遙斗の電話を聞いていた茉白も驚いて思わず両手で口を押さえる。

『え!?“茉白”って!?え!?あっ!じゃああの週刊誌ってやっぱり—』

———ピッ

遙斗は莉子が言い終わらないうちに電話を切ると、そのまま電源もOFFにした。

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