第35話 週刊誌の写真

遙斗と過ごした夜から数日、LOSKAの日々は変わらず過ぎていった。

あの日、目を腫らして朝帰りをした茉白に縞太郎は何も言わなかった。

退職を決めた莉子は吹っ切れたように明るくなり、茉白とも以前のように親し気に話すようになった。

影沼の改革も変わらず進んでいて、婚約の話もそのままだ。

日常は何も変わらない。


——— 茉白


ふとした瞬間に、遙斗に呼ばれた名前を思い出し、幸せと切なさが同時に込み上げる。


「あれ?今日社長ってまだ来てないの?聞きたい案件があったんだけど…」

茉白が言った。

「どこか立ち寄りですかね?それより茉白さん、また出てますよ!」

「え?何が?」

莉子は茉白に週刊誌を見せた。

(…え…)

「雪村専務の熱愛報道!しかも今回はツーショットありで雪村専務のマンション!もうこれは今回こそは…」

ショックを受ける莉子の開く週刊誌には、遙斗のマンションの駐車場で手をつなぐ遙斗と茉白の写真が掲載されていた。茉白の顔にはモザイクがかけられている。

「…ん…?なんかこの一般人のA子さんて、茉白さんに似てません?」

「な、なに言ってるの!?だいたい顔見えないじゃない…!」

「えーなんていうか背格好が…」

莉子は茉白と写真を交互に見比べる。

「私そんな高そうな服持ってないし!!全然似てないよ!」

「うーん…それもそうか…。雪村専務をGETしちゃう一般人て何者?歳も何の仕事してるかも書いてないし…でもいいなぁ…転職先、シャルドン系で探したら雪村専務にお近づきになれるかなぁ…」

「…シ、シャルドンてグループ規模が大きいからどうだろうね…」


(週刊誌に載っちゃうなんて…迷惑かけないつもりだったのに…)


茉白の心臓が不安そうな音を立てる。


「茉白さん。」

茉白に声をかけたのは影沼だった。

「おはようございます。あれ…今日はAmselの日じゃなかったですか?」

社内のホワイトボードも、今日は影沼の出社予定日にはなっていない。

「茉白さんに話があってこちらに来ました。社長室に来てください。」


「これはどういうことですか?」

影沼の質問に、茉白の顔が青ざめる。

茉白の前に並べられたのは、週刊誌と同じ構図のカラー写真だった。茉白の顔もはっきりと写っている。

「雪村専務と茉白さんですよね?場所はこの雑誌の通りなら、雪村専務のマンションですか。」

「…なんでこの写真が…」

「先程この週刊誌の編集部に行って買ってきたんですよ。」

「なんで…」

「妻となる女性の不貞の証拠ですからね。」

「…私は…あなたと正式に婚約していません…」

茉白は影沼を睨むように言うと、影沼は笑った。

「なら、雪村専務と結婚するんですか?LOSKAも安泰ですね。」

「…それは…」

それが現実的でないことは、茉白も影沼もわかっている。

「私はこんな事であなたとの結婚をやめる気はありませんよ。」

「え…」

「むしろ、シャルドングループと強力なコネクションができて嬉しいくらいです。」

「………」

「茉白さんの会社だという事実があれば、いくらでも取引ができそうです。」

影沼は笑いながら言った。

「…最低…」

「茉白さんはこの期に及んでまだ自分の立場がわかってないようですね。Amselとの提携が無くなったら縞太郎さんも悲しむでしょうね…。」

「…綿貫さんにクオリティの低い外国製のものを日本製にしろって言ったこと、聞きました。そんなクオリティのものをシャルドンが発注する筈ありません…」

「本当にわかってないんですね。だから茉白さんが役に立つんですよ。雪村専務の情に訴えても良いし、他人の婚約者を略奪しようとした…なんて週刊誌に情報提供するというのもスキャンダラスで良いですよね。」

「そんなこと…」

茉白の心臓の音が大きくなる。


「今日これから、茉白さんの名前で雪村専務に商談のアポを入れてあります。」

「え…!?」

「あなたの名前を出したら簡単にアポが取れました。事を荒立てたくないなら、一緒に雪村専務に会っていただけますよね?」

立場の弱い茉白は、影沼の言うことを聞くしかなかった。


シャルドンエトワール本社・商談ルーム

上機嫌の影沼と暗い表情の茉白、対照的な表情で二人は遙斗を待っていた。

(私が影沼さんのこと、曖昧にしてきたから…)

しばらくするとドアが開き、遙斗と米良が入室する。茉白は結局迷惑をかけてしまったという後ろめたさで、遙斗の顔をまともに見ることができない。

「お久しぶりです、雪村専務。LOSKAの影沼です。」

「真嶋さんとの商談のつもりでしたが。」

怪訝な顔をする遙斗に、影沼は笑顔になる。

「今は私がLOSKAの営業部長をしていまして、真嶋の後任は私が務めます。」

「へぇ…」

「本日は新商品のポーチのご紹介にあがりました。」

そう言って影沼はメイクポーチのサンプルをテーブルに並べた。

(………)

それは形の歪んだ、とてもクオリティが高いとは言えないもので、茉白にはすぐに綿貫が言っていたものだとわかった。

遙斗はポーチを手に取ると、茉白との最初の商談のときのようにファスナーを何度か開閉し、中の縫製のクオリティをチェックした。

遙斗は呆れたような溜息をいた。

「話にならない酷いクオリティですね。」

(…やっぱり…)

「このクオリティのものはシャルドンうちでは取り扱えません。」

遙斗は乾いた声で言った。

「…茉白さんの会社の商品でも…ですか?」

「影沼さん!…やめてください!」

茉白が悲痛な声で言った。

「おっしゃっている意味がわかりません。」

表情を変えずに言う遙斗を見て、影沼は先程の写真をテーブルに広げた。

「彼女はいずれ私と結婚するというのにこんな写真を撮られておいて、よくそんなことが言えますね。」

遙斗は写真を一枚手にとると無言で眺めた。

「これからも商品を仕入れていただいて良い関係を築いていけるなら、彼女に婚約者がいることを週刊誌には言いませんよ。御社もLOSKAも傷つかずに済む。」

「影沼さんっ!!」


「…そうですね、仕入れてもいいですよ。」

「え…」

遙斗の言葉に茉白は耳を疑った。

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