第30話 似た者同士

「え…どうして!?佐藤さんが辞めるなんて…」

茉白はデザイナーの佐藤から退職の意向を伝えられた。

「前にも少しだけ言いましたけど…私、影沼部長と合わないみたいで…」

佐藤は俯きがちに言った。

「でも…影沼さんは営業部で、佐藤さんはデザイン部じゃない…」

「これからは営業部主体で商品の企画とデザインを決めるそうです。デザイナーが悩む時間がもったいないから、言われたものだけ作れって。」

(………)

茉白はAmselで墨田に同じようなことを言われたのを思い出した。

「でも私が内勤で企画に携わることが増えるはずだから—」

「私も、茉白さんと企画の話をするのは大好きだったんですけど…すみません。もう社長にも伝えました。」

(大好き“だった”…)

過去形の言葉に佐藤の意志の固さを感じて、茉白はそれ以上引き留められなかった。


「営業行ってきます。営業車使います。」

この日、茉白は営業先をいくつか回り、最後にシャルドンに行くことになっていた。茉白が担当営業として一人でシャルドンに行くのは今日が最後だ。


シャルドン本社・商談ルーム

いつものように遙斗と米良が茉白の話を聞き、意見を述べる。

「—では、今日の話を持ち帰ってデザイナーに共有しますね。これでまずはサンプルから生産に入ります。」

“デザイナー”という言葉で、佐藤を思い出す。このレイングッズが一緒に手掛ける最後の商品かもしれない。

「あの…ご報告があって…」

打ち合わせの終わりに茉白が切り出した。

「私、御社の担当を外れることになりました。」

「………」

「え!?」

遙斗は表情を変えず、米良は驚いた顔をする。

「御社のっていうか、営業職自体を外れて企画職がメインになるみたいです。」

茉白は寂しそうな笑顔で言った。

「あ、でも商品企画に主軸を置くことになりそうなので、商品のクオリティは保てると思います。」


———はぁっ


遙斗が最初の商談の時のように呆れたような大きな溜息をいた。

「“みたい”とか“なりそう”とか“思います”とか、全然真嶋さんの意思が無いんだな。」

「………」

「本当に納得してるのか?」

茉白は少し黙って、俯き気味に頷いた。

「…会社の決定なので。次回は次の担当を連れてご挨拶に来ることになると思います。その際はよろしくお願いします。」

茉白はテーブルの上のサンプルを片付けると、荷物をまとめて帰り支度をした。

「今日はこれで失礼します。今までありがとうございました。」

茉白は深々とお辞儀をした。

「今日は私がお見送りします。」

米良が言った。

「え、そんな…大丈夫です。お忙しいのに…」

「送らせてください。こうやって茉白さんをお見送りできるのも最後かもしれませんし。」

米良はいつも通りの優しい笑顔で言った。


「茉白さん、影沼常務とはその後順調ですか?」

エレベーターで米良が言った。

「…え…あ、はい…それなりに…業績も回復してますし…。」

「なんだかあまり幸せそうじゃないように見えますが?」

「………」

茉白はどう答えていいのかわからず黙ってしまった。

「失礼なことを言ってしまいましたね。すみません。」

「……変…ですよね。前向きにって言って…影沼さんは結果も出してくれたのに、ちゃんと返事ができないんです…」

茉白は思わず本音を漏らしてハッとした。

「あの、米良さんこそリリーさんとご結婚されたんですよね。おめでとうございます!」

茉白は今度は笑顔で言った。

「ありがとうございます。近々新婚旅行で留守にするので、その間に仕事がどれだけ溜まってしまうのか想像すると憂鬱ですが…」

幸せと暗い顔が入り混じる米良に茉白はくすくすと笑った。


「そんな、もう大丈夫ですよ!」

エントランスを出て、駐車場まで送ろうとする米良を茉白が制止する。

「さっきも言いましたけど、最後かもしれないですし。」

「…じゃあ…」

“最後”という響きに茉白の胸が軋む。


「茉白さん、私は—」

エントランスを出ると、米良が話し始めた。

「あなたが遙斗との初めての商談で、諦めずに食い下がったときに…自社の製品を“ポーチたち”っておっしゃったのが、とても好印象でした。」

「そんな風に言いましたっけ?なんか…仕事なのに、子どもっぽいですね…」

茉白は恥ずかしそうに言った。

「意識せずに自然に出てしまうくらい自社の製品に愛情がある方だと思ったので、あの時助け舟を出しました。」

「そうだったんですか!?あの時助けていただかなかったら…ありがとうございました。」

お礼を言う茉白に、米良が微笑みかける。

「次の日…本当に朝7時に現れて、私の分まで資料をご用意いただいて、自己紹介したわけでもない私の名前を覚えていただいていたのも嬉しかったです。」

「え?そんなの当たり前じゃないですか…?」

茉白は不思議そうに首を傾げる。

「大抵の方には私は遙斗のオマケなので、名前も覚えられていないことがほとんどです。」

自虐的に笑う米良に、茉白は信じられないという顔をする。

「私は茉白さんのそういう純粋で真っ直ぐなところがとても好きですよ。遙斗によく似てる。」

「え…」

思いがけない言葉に、茉白は驚いて首を横に振る。

「そんな…全然似てないですよ!雪村専務に失礼です…。」

「…ただ、意地っ張りなところも似てるみたいで、それはいただけないですね。」

「………」

「もう少し素直になってみても良いんじゃないですか?」

そう言われたところで、二人は茉白の乗ってきた車に着いた。茉白は運転席に座ると、窓を開けた。

「送っていただいちゃってすみません。」

「いえ。」

米良はにっこり笑った。

「じゃあ、今日はこれで…」

茉白はハンドルに手をかけた。

「茉白さん。」

「はい?」

「遙斗はあなたが思っている以上にずっと茉白さんとLOSKAのことを気にかけていますよ。」

「え、それってどういう意味ですか?」

「だから遙斗を信じて素直になって下さい。」

米良はそれ以上は何も言わなかった。


(どういう意味?)


(…素直にって言われても…もう影沼さんと結婚するしか…)

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