第29話 LOSKAのため

Amsel・商品企画室

(あれ…?)

Amselの新商品カタログを眺めていた茉白は、不思議そうな顔をした。

「あの、墨田さん。このカタログなんですけど…」

「なんですか?」

「これって、この前私が色を選んだマニキュアですか?」

墨田は茉白が開いたカタログを見た。

「ああ、ええ、そうですね。」

「あの…私が選んだ花とラインナップが違うんですけど…?」

茉白が12種類選んだ花のうち、5種類が別の花に変わっている。

「工場で真嶋さんの希望の色が用意できなかったんですよ。よくあることです。」

「え…?」

(希望の色に合わせて調合するんじゃないの?それに…)

「私、恋愛をテーマにした花言葉を選んで、それもお伝えしたはずですけど…これ、友情とか開運とか…テーマに一貫性が無くなってます…」

墨田は面倒そうに小さな溜息をいた。

「“花言葉”っていうテーマに一貫性があるでしょ?このマニキュアは発売時期が最優先だったんです。」

「…そうなんですか…よくわかってなくて…すみません。」

(でも…あれからまだひと月くらいしか経ってないのに…このカタログの商品はこれからすぐに発売…そんなに早く発売できるの?それに、そんなに急いで商品を企画して…コンセプトも市場調査も…本当にちゃんとしてるの?)

茉白は腑に落ちないと思ったが、専門知識の無い分野なので知識不足のせいだろうと自分を納得させた。



「茉白さんには、シャルドンの担当を外れてもらいたい。」

LOSKAの営業部長となった影沼から告げられた茉白は、一瞬頭が真っ白になった。

「え…?どうしてですか?私が担当して、受注は伸びているはずです。」

茉白は食い下がろうとした。

「だからです。茉白さんが作ってくれたシャルドンとのパイプを強化したい。だから営業は他の人間にノウハウを引き継いでもらって、茉白さんは企画の方に主軸を置いて欲しいです。」

(ノウハウ?そんなに単純なことなの…?)

「………」

茉白は気持ちが整理できず、なかなか言葉が出てこない。

「ゆ、雪村専務は…厳しい方なので…」

「わかってます。でも、茉白さんでなければ営業ができないというわけでもないでしょう?引き継ぎをきちんとして下さい。」

「企画を主軸にって…他の営業先は…?」

「他についても縮小していってもらう予定です。社内での勤務をメインにしていっていただきます。」

「…少し…考えさせて欲しいです…」

「会社としての決定です。」

「………」

「体制見直しはLOSKAのためです。」

結果を出した影沼に“LOSKAのため”と言われてしまうと、茉白は黙って受け入れるしかない。

「わかりました…。折り畳み傘の打ち合わせが残っているので、そこまでは私に担当させてください。」

「まぁ、いいでしょう。」

影沼の溜息を聞きながら、茉白は席に戻った。


(社長にも営業には向いてないって判断されたのかな…)


(私のLOSKAでの6年て、なんだったんだろう…)


それからも影沼の体制見直しは続いた。

「ECサイトの発送はもっと簡素化して効率化を図り、一日の発送数を増やしてください。季節ごとの手紙は廃止、定型文で統一していくように—」

「倉庫もゆくゆくは外部倉庫にして、経費を削減していく—」

「茉白さんもデザイナーも、工場に出向くのはやめて、打ち合わせは工場からこちらに来させるか、オンラインで済ませるように—」

茉白が大切にしてきたことには、ことごとく影沼のメスが入っている。


「茉白さんができなかったことをしてるんです。これでLOSKAは良くなりますよ。」

影沼はことあるごとに「LOSKA」の名前を口にし、茉白はその度に黙るしかなくなってしまう。

縞太郎が納得している様子なのも、茉白が意見を言えなくなる一因だった。


SNSについては特に何も言われなかったが、ここのところどうも莉子の元気がないせいか投稿回数が減り、それとともにフォロワーも徐々に減っていた。

(ずっといいね押してくれるのはクロさんくらい…これも影沼さんかもしれないし…)



Amsel・商品企画室

「墨田さんおはようございます。」

「おはようございます。」

茉白が企画室に着くと、外国語の書かれた段ボールが置かれ、墨田はその箱から取り出した商品をチェックしている。

「今日は検品のお手伝いですか?」

「あなたは別のことをしてください。」

墨田は箱を隠すようにして、茉白に言った。

「墨田さん、あの…新商品の企画書を作ってみたんですけど…」

茉白は墨田にマニキュアの新商品の企画書を見せた。茉白のアイデアスケッチも付いている。

「………」

墨田は渡された企画書をよく読まずにテーブルに置くと、溜息をいた。

「…真嶋さん、あなたは企画書なんて作らなくていいです。こちらの指示したことをやってください。」

「少しだけでも、説明を聞いていただけませんか?この商品はフタがグラデーションになっていて—」

「こんな絵じゃ何もわからないです。」

「すみません、絵が下手で…なので説明を記入してあるのと、口頭で説明を—」

「いらないって言ってるでしょう?あなたはコスメの素人なんだから。この話は終わり。今日はチークのパッケージの色を選んでください。」

墨田は強い口調で言った。

「…わかりました」


(素人…たしかにそうだけど…じゃあ私がここにいる意味って?)


———はぁっ…

茉白は一人になると大きな溜息をいた。

(なんか最近全然…楽しくないかも。)


——— もし、困ったことがあったら—その時は、真夜中でも早朝でも、俺に連絡しろ


シャルドンのエレベーターで遙斗に言われた言葉がぎるが、茉白は首を横に振る。

(困ってるわけじゃないし…)

困っていたとしても自分の相談すべき相手は影沼だ、と自分に言い聞かせた。



「あれ?社長のデスクは…?それに影沼さんのデスクも…」

茉白がLOSKAに出社すると、社内の雰囲気がいつもと違っていた。

茉白が莉子に聞くと、莉子は商談ルームを指さした。

「あそこが昨日から社長室兼営業部長室です。」

莉子は冷めた口調で言う。

「え…」


「どういうつもりですか!?なんで社長室なんて…」

茉白は社長室となった商談ルームに入るなり、縞太郎に詰め寄った。

「社員とフラットに接したいって、今まで社長室は作らなかったのに—」


「それが良くないからですよ。」


同じ部屋にデスクを構えた影沼が言った。

「LOSKAは社長と社員が近すぎる。それがお互いの甘えにつながるんです。」

「甘えなんてそんな…」

「茉白さん、あなたもですよ。営業部主任なら、もっと部下には厳しく接するべきだ。」

影沼が厳しい口調で言った。

「営業は数字が全てです。馴れ合いはいりません、あなたのそういうところがLOSKAを弱くするんです。」

「……社長も…同じ意見ですか?」

茉白は縞太郎の方を見た。

「…同じだ。影沼部長の意見は正しい。」

「……将来…」

茉白はポツリと言った。

「LOSKAは影沼さんが継ぐの…?」

茉白の質問に、縞太郎はしばらく沈黙して口を開いた。

「…このままいけば、そうなるだろうな。」

(………)

「…そうですか…」

「茉白さんが結婚を決めれば、あなたの夫が継ぐんですよ。事実として業績も伸びているし、LOSKAの名前は消えずに済みます。早く覚悟を決めてくだい。」

茉白は苛立ちを見せるような影沼の言葉に、また何も言えなかった。


(LOSKAのための結婚って、そういうことだってわかってたはずじゃない…)

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