第28話 影沼の成果

茉白がAmselに行くようになって1か月が過ぎようとしていた。

「おはよう莉子ちゃん。」

今日は通常通りLOSKAに出社する日だ。

「…おはようございます…」

いつもは元気よく挨拶をする莉子だが、なんとなくテンションが低い。

「なんか元気ないね。」

「…そんなことないですよ。茉白さんこそ、なんか今日服装がちゃんとしてますね。ジャケットにピシッとしたまとめ髪…。」

「うん、なんかAmselさんに行くときのクセでキッチリ髪まとめちゃったんだよね。」

茉白は自分らしくない髪型に苦笑いで言った。

「…そんなにAmselさんに馴染んじゃったんですね…」

莉子が残念そうにつぶやいた。

「え…?」

莉子の言葉に茉白がキョトンとしていると、縞太郎が茉白を商談ルームに呼んだ。

(え…)

中に入ると今日は出勤予定の無いはずの影沼もいた。

「おはよう、ございます…」

「おはようございます、茉白さん。」

影沼が笑顔で言った。

「まぁ座りなさい。」

商談テーブルを挟んで、縞太郎の向いに茉白と影沼が座った。

「えっと…何ですか?」

「Amselさんで働いてみて、どうだ?」

縞太郎が聞いた。

「え?うん、まあ勉強になることも多いけど…そんな話?」

「いや、大事な話だ。」

「私から言いましょうか?」

影沼が言った。

「いや、私から言うよ。社内の人事の話だから。」

(人事…?)

「今月末付で影沼君に正式に入社してもらって、うちの営業部長になってもらう。」

「え…?」

茉白はまた、縞太郎の言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。

「入社…?それに…営業部長?いきなりですか?」

現在は縞太郎が社長と営業部長を兼任し、茉白ともう一人、30代のベテラン社員が主任をしている。

「実はな、茉白がAmselさんに行き始めた頃から影沼君に営業としての意見やノウハウをもらいながら、彼のメソッドでみんなに営業活動をしてもらっていたんだ。」

「え…なにそれ…私聞いてないです…」

茉白は戸惑いを隠せずに言った。

「茉白はそうやって不信感を露わにして拒否反応を示すのがわかっていたからな。」

縞太郎が溜息混じりに言った。

(なにそれ…拒否反応って…)

「拒絶してるわけじゃなくて、慎重に判断した方が良いって思っているだけです。他所の会社の人が急に営業部長なんて、LOSKAらしくな—」

「それが拒否反応だって言ってるんだ。」

縞太郎はまた溜息をいた。

「いいか茉白、これがこのひと月の受注金額のデータだ。前月、昨年の同じ月との比較もある。」

縞太郎が茉白の前に数字が印刷された紙を差し出した。茉白は怪訝な顔でその紙に目を通した。

「…え…」

(前月比120%、昨対さくたい…150%…)

昨年の同じ月に比べて、商品の注文が1.5倍になっている。

「他所の人を急に営業部長にするんじゃない、ちゃんと実力を示してくれたから営業部長になってもらうんだ。」

「………」

茉白はそれ以上何も言えなくなってしまった。

「話は以上だ。わかったら行きなさい。」


「………」

茉白は席に戻ってからもしばらく放心していた。

影沼が営業部長になることがショックなのではない。自分が必死になって伸ばそうとしてきた受注金額を、影沼が、外部の人間が簡単に伸ばしてしまったことがショックでたまらなかった。

(私のやり方って間違ってたんだ…私じゃダメだったんだ…)


昼休み

「茉白さん、お昼、一緒に出ませんか?」

影沼が茉白をランチに誘った。茉白は多少は気持ちが落ち着いたものの、まだ動揺したままだ。

(…影沼さんが悪いわけじゃない…)

「…はい」

影沼に連れ出される茉白の背中を莉子がじっと見つめていた。


「…すごいですね、ひと月であんなに受注が伸びるなんて…」

二人で入った中華料理店で茉白が言った。

「いえ、Amselのやり方を試してみたらハマっただけですよ。」

「それがすごいんです…私のやり方は間違ってたんだなって…」

茉白は力の入らない笑顔で言った。

「茉白さん、誤解しないでください。」

「え…」

「私は別に茉白さんの営業を否定するつもりではありません。LOSKAを良くするためにお力になれればという気持ちで動いているだけです。」

「………」

「そろそろ正式なお返事をいただけませんか?」

「え…」

「ずっと、前向きに考える、と保留にされたままでしたけど、1か月で成果を上げたつもりです。良いお返事をいただきたいのですが…」

「あ…」

(ずっと保留にしてたけど…こんなに結果を出してくれたのに、これ以上待たせたら失礼だ…)


(この人はきっと本当にLOSKAを守ってくれる。)


(Yesって言わなくちゃ…)


(…でも…)


まだ遙斗の顔が浮かんでしまう。


「…えっと…」

「まだ、時間が必要ですか?」

「ごめんなさい、もう少しだけ…」

俯く茉白にわからないよう、影沼はがっかりしたような顔をした。


(私…もう諦めるって決めたはずなのに…全然覚悟が決まってないんだ…)


月末、影沼の正式な入社と営業部長への就任がLOSKA社内に発表された。

それを聞いた莉子や佐藤は、どこか失望したような顔をしていた。

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