第27話 Amselの商品企画
「茉白さん、本当に結婚するんですか?」
莉子が休み時間にコソッと聞いた。
「まだ前向きに検討します、って言った段階だけど…結婚するつもりだよ。」
「そうなんだ…」
莉子はどこかがっかりしたように言った。
「影沼常務だってイケメンですけど…私は本当に茉白さんと雪村専務ってすーっごくお似合いだと思ったんですよ〜…」
「莉子ちゃん、それは影沼さんにも…私にも失礼だよ。」
「…そうですよね、すみません…。おめでとうございます。」
「…ありがとう。」
反省した莉子に言われた祝福の言葉に、茉白は何も心が動かなかった。
(喜んで…結婚します!って宣言できてない私が一番失礼なんだよね。)
わかってはいても、本当に前向きな気持ちになれるまでにはもう少し時間が必要そうだ。茉白は小さく溜息を
「コスメの商品開発ですか?」
「ええ。茉白さんにもAmselの商品に関わっていただけたら、新しいアプローチができるんじゃないかと思って。」
影沼が茉白に提案した。
「はい、是非。お役に立てるかわからないですけど…おもしろそうですね。」
茉白は笑顔で応えた。
「はじめまして、LOSKAの真嶋です。よろしくお願いします。」
この日、茉白はAmselの商品企画部に初めて訪れていた。Amsel自体に来るのも初めてだ。
他所の会社ということに加えて、未来の夫になるであろう影沼の親の会社ということに独特の緊張感を覚える。
「Amsel商品企画部チーフの
Amselの女性社員が茉白に自己紹介した。年齢は茉白より少し上くらいに見える。
「商品企画部は何人くらいいらっしゃるんですか?」
「私を含めて2名です。」
「えっ、
「あー…まぁ、デザイナーはデザイン部ですし、協力会社とかもあるので。」
墨田はなんとなく歯切れの悪い口振りで言った。
その日、茉白は墨田の案内でAmselの社内を一通り見学した。
(うちと違って自社ビルだし、さすがに社員数も多い。男性は全員スーツ、女性もスーツか堅めのオフィスカジュアル…)
LOSKAのゆるく穏やかな雰囲気とのギャップに少し戸惑いを覚える。
(影沼さん、うちの雰囲気にびっくりしただろうなぁ…)
「墨田さんは、Amselで働いて長いんですか?」
「いえ、まだ1年と少しです。」
「え、そうなんですか?でもチーフなんて、優秀なんですね。」
「チーフといっても、部署は2名ですから。」
墨田が冷めた口調で言った。
『どうでしたか?
その日の夜、茉白は影沼と電話をした。影沼は茉白との接点を増やそうと、最近時々こうやって電話をくれる。
「みなさんスーツとか、きちんとした格好でお仕事されてて…なんていうか、会社らしい会社ですね。」
『LOSKAとはちょっと違いますよね。最初は戸惑うかもしれませんけど、すぐに慣れますよ。』
「影沼さんはLOSKAに慣れました?」
『ええ、まぁ…』
「そうですか。良かった。」
茉白は電話口で笑顔になった。
『茉白さんに提案なんですが、せっかく商品開発に携わるなら、週に何度かAmselに行きませんか?』
「え…それは…影沼さんがLOSKAに来るみたいに、ってことですか?」
『そんなイメージです。』
「えっと…」
『せっかく商品に関わってもらうんだから、Amselの社風をきちんと理解して欲しいんです。LOSKAの業務は私がサポートしますし。』
「………」
『あ、別に長い期間じゃなくて、今回の企画の間だけですよ。』
長くても3ヶ月程度のことだ。
(…そうだよね、逆の立場だったらLOSKAに来て欲しい。)
「なら、今回の期間だけ…」
『縞太郎さんにはAmselの人間として、私からお願いしてみますよ。』
「はい、お願いします。」
就職する前にアルバイトはいくつか経験しているが、大学を卒業してからLOSKAでしか勤務経験の無い茉白は、LOSKA以外で働くことも、LOSKAを離れることもどこか不安に感じてしまう。
(これも勉強、かな。)
それから茉白は週に2日、Amselで働き始めた。商品開発に関わるため、Amselが販売している商品を覚えたり、影沼のように営業に同行することもあった。
(うーん…なんか…勉強になることも多いけど、社内の雰囲気も営業スタイルもちょっとドライかも。)
たとえばLOSKAでは昼休みになれば誰かのおしゃべりが聞こえてくるし、時には誰かと外でランチを食べることもあるが、Amselは人数が多いわりに昼休みがとても静かだ。
(営業は数字至上主義って感じだし…それに…)
茉白はAmselの社員の、勤続年数の短さが気になっていた。
(墨田さんが1年ちょっと、昨日同行した営業の漆原さんが2年、デザイナーの子はまだ半年って言ってたっけ…。事業拡大で積極的に人を雇ってる…とかかな。)
「今日は真嶋さんに新作のネイルの色を選んで欲しいんです。」
墨田に呼ばれて、茉白はAmselの商品企画室にいた。
茉白の目の前には、ノートPC、色の着いたネールチップがたくさん置かれている。
「今回は花の色をイメージしたものにしたいので、真嶋さんの好きな花とそのイメージに合う色を選んでください。花はお好きなものがあればそれで、種類が足りなければネットで図鑑とかフラワーショップなんかを検索してください。」
「え…そんな、私の独断みたいな決め方でいいんですか?コンセプトとか、いろんな方の意見とか、市場調査とか…」
「影沼から、真嶋さんは雑貨の企画のプロだからお任せして知恵を借りるように、と言われています。」
墨田が無感情とも思える口調で言った。
(…雑貨はともかく、コスメは全くの素人なんだけど…)
茉白は不安そうな顔をする。
「…もちろん、うちのスタッフでこの後協議しますよ。市場調査もしてあるので、選んでいただいた色から最終的に判断します。」
「そうですか。えっと…ただ好きな花で何種類もっていうのも難しいので、花言葉にシリーズ感を持たせて選びますね。」
「お任せします。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます