第25話 頼れないです

居酒屋に着くと、前回と同じ個室に通された。

車内ではだいぶリラックスしていた茉白だが、また少し緊張の色を強める。

「俺は今日は飲めないけど、真嶋さんは好きに飲んでね。ちゃんと送ってくから。」

「あっ…そうですよね…すみません…!」

(ここも美味しいけど…雪村専務が飲めないならもっと料理がすごいお店にしてもらった方が良かったかな…)


(あ!しかも前回は米良さんが全部完璧にやってくれたんだった…)


「また何か余計なこと考えて緊張してるな。今日はお礼だから全部真嶋さんの希望でいいし、変な気も回さなくていいよ。」


(…私の表情ですぐ気づくんだ…本当に気遣いがすごい人…)


「ワニ…使ってくれてるんですね。」

乾杯をすると、茉白が聞いた。

「うん。いつも持ち歩いてる。今も車にあるよ。」

「え、それはちょっと…可愛すぎませんか…」

茉白が思わず溢すと遙斗は笑った。

「でも、休めてるって言っていただけて嬉しいです。発売したらいっぱい注文いただけそうですね。」

茉白はイタズラっぽくニコッと笑った。

「真嶋さんは?クマ作るような働き方してない?」

茉白は今度は目の下を押さえた。

「雪村専務のアドバイスで、頼れるところはみんなに頼るって決めたので…最近は8時出社で20時退社になりました。なのでクマは大丈夫…なはずです。」

「まだ長いけど、改善してるなら成長だな。」


「ところで、最近Amselの影沼常務がLOSKAを手伝ってるって?」

遙斗に聞かれ、茉白の心が小さくギク…と音を鳴らす。

「…はい、父が影沼常務をすごく気に入っていて…」

「へぇ…」

「たしかに私が知らない営業の知識なんかも持っていらっしゃるので、一緒に働いていると勉強にはなります…けど…」

「何か気になることがある?」

茉白は影沼に時々感じる自分との考え方の違いや、縞太郎とのどこかコソコソとした親密さが気になっている…が、それを遙斗に相談するべきではない、と思った。まして結婚のことなど、絶対に言えない。様々な点で気遣いを見せてくれる遙斗に、自分の会社のことでこれ以上気を遣わせたり迷惑をかけたくない。

「いえ…大丈夫です。」

「………」

遙斗が仕事の事を聞いたのはそこまでだった。それからは茉白の趣味や好きなものを聞いたり、自分の話をしたりした。

(…どうして…こんな風に話してくれるんだろう…)

“どうして”にはどうしても期待の気持ちがこもってしまうが、茉白は必死に否定した。


——— お前では雪村専務とは釣り合わない。


(そんなの、私が一番わかってるよ…)



「あの、今日もごちそうになってしまって…ありがとうございました。」

食事が終わり、茉白はお礼の言葉を伝える。

「お礼だから。次は真嶋さんにごちそうになることにするよ。」

「が、頑張ります…!」

“次”という言葉に、茉白の胸が高鳴る。

「もう少し時間大丈夫?」

「え…?はい…」

「じゃあ、ちょっと酔いましに行こうか。」


遙斗は行き先を告げずに茉白を連れ出した。待ち合わせをした時間よりも夜が深くなり、窓の外の景色が幻想的に流れる。

(雪村専務の運転でドライブしてるなんて信じられない…)

ほろ酔いの茉白の頭は夢を見ているような心地良さを感じていた。

しばらく車を走らせた遙斗が車を停めたのは、高台の展望公園だった。

遙斗は慣れた仕草で茉白の手をとり、車から降ろしエスコートする。

(…こんなの…)

茉白のむねが夜風にくすぐられてまた早い鼓動を奏でる。

「案外人がいなくて考え事するのにいいんだよな、ここ。」

「…考えごと…一人で来るんですか…?」

茉白の質問に、遙斗は微笑んで頷いた。

「米良も来たことないよ。」

茉白の胸が一層高鳴る。

(どうして…)


「影沼常務と、本当は何があった?」


遙斗が茉白の目を見据えて言った。

「え…」

「さっき聞いたとき、何か考えただろ?」

「………」

茉白はまた考えるように間を空けてしまう。

「俺には言えないこと?」

「…えっと…」

(言えない…?相談じゃなければ…べつに隠すようなことじゃないんじゃない…?)

「…結婚…を打診されています…」

茉白は俯きがちに言った。

「…断るつもりで…というか、断ろうとしたんですけど…慰留されていて…正直迷ってます…」

茉白の口振りが重くなる。

「LOSKAのためには影沼さんと結婚した方が良いってわかっているので…」

「LOSKAのために結婚するのか?」

「え…」

遙斗からその質問をされるとは思わなかった。

「…雪村専務だって…いずれシャルドンのために結婚…されるんじゃないですか?」

茉白は遙斗の顔を見た。

「周りはそう思ってるみたいだけど、俺はそんな気は無いよ。」

「え?」

「そこまで会社に人生懸けたら、仕事が嫌いになるんじゃない?」

遙斗はあっさりとした口調で言った。

「そんなことに左右されて存続できなくなるような会社なんてそれまでだろ。」

「でも…LOSKAは…それに父も…」

茉白はまた俯いてしまう。

「“頼れるところは頼る”って言ってたけど—」

「………」

「…俺には頼れない?」

「え…」

思いがけない遙斗の言葉に茉白は一瞬驚いて遙斗の方を見たが、すぐに下を向いて首を横に振った。

「頼れないです。資金援助していただくにしてもシャルドンにメリットが無さすぎるって私でもわかります。ご迷惑はおかけできません。」

「…そっか」

遙斗はまたあっさりとした口調で言う。

「俺は助けを求めていない人間を助けるほどヒマな人間ではないから、真嶋さんが決めた方に進めば良いと思うよ。」

遙斗の言葉に、茉白はどことなく突き放されたような気持ちになった。

(自分で頼らないって言ったくせに…わがまま…)

「ただし、助けを求める人間は助ける。熱意のある人間ならな。」

遙斗の瞳が茉白の瞳を捉える。

「………」


「帰ろうか」

茉白の困った表情を見て、遙斗も困ったような表情で優しく笑って言った。

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