第24話 食事の約束

「えっ」

『急で申し訳ないんだけど、明日の夜空いてたら食事でもどうかと思って。』

遙斗からの突然の電話というだけでも茉白の鼓動が速くなるというのに、食事の誘いだったので茉白は心臓が耳についているのではないかと思うくらい大きな心音を感じていた。

「え、えっと……?」

『ワニのお礼がずっとできてなかったから。』

「でもあれはモデル料って…」

『あれからよく休めてるから、そのお礼。』

「………」

『…都合が悪ければまたの機会に—』

「空いてます!!」

電話口で遙斗か笑ったのがわかった。


翌日

「茉白さん、なんか今日…なんか…」

莉子が茉白をジッと見る。

「えっな、何…」

茉白は莉子の視線にたじろいだような反応をする。

「なんかキレイっていうか…服装にちょっと気合い入ってません?ピアスもいつもより高そうなヤツ…メイクも…」

「今日はちょっと…仕事帰りに用事があるから。」

(莉子ちゃんも目ざといなぁ…)

「えー…それってもしかして、デート…?」

莉子が声のボリュームを落として言うと、茉白は焦って首を横に振った。

「た、ただの用事っ!」

そんな様子を見ていた縞太郎が、商談ルームに茉白を呼び出した。

「何ですか?話って。」

茉白はまた不審そうな顔で身構える。

「その…今日の用事っていうのは…影沼君か?」

どうやら縞太郎は茉白が影沼とデートをすると思っているようだ。

「ちがうけど…」

茉白の答えに、今度は縞太郎が怪訝な顔をする。

「そういう相手はいないんじゃなかったのか?」

「なにそれ…なんでデートって決めつけてるの?」

「じゃあ…」

———ふぅ…

茉白は呆れたように溜息をいた。

「シャルドンの雪村専務と秘書の米良さんと。ただの仕事の延長の食事会です。」

「シャルドンの専務?」

意外な人物の名前だったのか、縞太郎は驚いた顔をする。

「…雪村専務が…それに米良さんも、LOSKAの商品を気に入ってくれてて、気にかけてくれてるの。」

「………」

「今だって、傘のことで—」

「…雪村専務に特別な感情があるのか?」

(………)

「…ないよ。」

茉白は不機嫌な声色で答える。

「…でも、あったらどうだって言うの?」

「茉白、私はお前に幸せになって欲しいと思っているよ。」

「……それって、要するに影沼さんと結婚しろって言いたいんでしょ?」

茉白は呆れたままの口調で言った。

「LOSKAの経営はお前が思っている以上に厳しい状況だ。会社が潰れてしまえば、お前の生活も保証してやれない。影沼君は、LOSKAの経営ごと引き受けてくれると言っているんだ。」


(自分の生活くらい自分で何とかするのに…)


「お前では雪村専務とは釣り合わない。」

縞太郎は諭すように言った。

「そんなこと、言われなくてもわかってるよ。相手にされるわけないじゃない。そんなんじゃないのに余計な心配しちゃってバカみたい。」

「茉白…」

「とにかく、今日の食事会に深い意味なんて無いから。服装だって…仕事相手の、ましてや目上の人に失礼の無いようにしただけだから。」

茉白はそう言うと商談ルームを後にした。

「社長の…お父さんの気持ちもわかってるから。」

部屋を出る間際、茉白は縞太郎に背中を向けたまま言った。


19時

茉白は仕事を終えると、遙斗と決めた待ち合わせ場所に向かった。しばらく待っていると、一台の車が目の前に停まった。見覚えの無い外車だった。

茉白がキョトンとして眺めていると、運転席から姿を現したのは遙斗だった。

「お待たせ。」

「あれ?雪村専務が運転して来たんですか?」

「そうだけど?」

茉白の質問に、遙斗は不思議そうな顔をした。

「米良さんは…?」

「いないけど。」

「え!?」

当然米良もいると思っていた茉白は驚いた声を出す。

「二人きりはまずかった?」

「え…いえ!ぜ、全然、私は…ゆ、雪村専務こそ…」

一瞬にして、茉白の肩に力が入る。

「俺も全然。とりあえず乗って。」

遙斗は笑って言った。

(…結果的にお父さんに嘘ついたみたいになっちゃった…)

「とくに店は決めてないんだけど、何か食べたいものある?」

「え、えっと…」

「また眉が八の字になってるな。」

遙斗が笑って茉白の緊張を指摘すると、茉白はパッと眉を押さえた。

「す、すみません…がんばります…」

茉白の心臓は落ち着かない音をたてつづける。

「頑張らなくていいけど、食べたいものは?」

「あの…前に連れて行っていただいた居酒屋さん、がいい…です。」

「そんなにキレイな格好なのに?」

ナチュラルに褒める遙斗に、茉白は赤くなる。

「ちょっと不本意だけど、真嶋さんが落ち着くならあそこにしようか。」


しばらくして、茉白は二人きりの車内にも少しだけ慣れてきた。

「雪村専務って運転されるんですね…。」

「いつも米良が運転してるからイメージに無い?」

「はい、正直…」

「仕事の時は対外的な事もあるから運転しないけど、プライベートではよく運転してるよ。」

(……じゃあ…今はプライベート…?)

茉白の心臓がトクンと脈打つ。

「真嶋さんも運転するんだよね?この前、車で傘を届けてくれたって米良に聞いた。」

「あ、はい…運転は結構好きです。私は逆にほとんど仕事でしか乗らないですけど。」

「今運転してみる?」

「え!無理です!こんな高そうな車!」

「冗談だよ。そんな緊張してたら即事故りそう。」

遙斗は笑って言った。

「あ、この曲…私の好きな曲です。」

茉白が車内に流れる音楽に反応する。

「この曲が使われてる映画は観た?」

「はい。っていうか映画がきっかけで曲も好きになって…」

茉白がだんだんリラックスした様子を見せるようになると、遙斗も安心したように口元を綻ばせた。

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