第23話 会社のための結婚
(影沼さんは…仕事ができるし、LOSKAも守るって言ってくれた…)
茉白はベッドの中で、影沼からのプロポーズのことを考えていた。
(LOSKAを守る…)
Amselと仕事で絡むことはLOSKAにとってプラスになっている。影沼と結婚すれば、おそらくさらに結びつきが強くなり、AmselのコスメのノウハウでLOSKAは業績を伸ばしていくことを期待できる。
(…でも…)
(影沼さんと結婚してる自分が想像できない…)
(それに…)
(私自身がLOSKAのためにもっと頑張りたい…)
それが茉白の本音だが、縞太郎は茉白と影沼に結婚して欲しいのだろうと思うと、父を思う気持ちで揺らぐ。
そしてまた、遙斗の顔を思い浮かべてしまう。
翌週
「米良さん、お世話になっております。真嶋です。」
『茉白さん、どうされました?』
茉白は米良に電話をかけた。
「先日の商談でお渡しできなかった傘のサンプルなんですけど…」
『郵送していただく分ですね。』
「今日、営業でそちらの方を回るので、私が直接お届けしようかなと思います。」
『え、茉白さんが担いで来るんですか?』
「そんなわけないじゃないですか!車でお伺いします。受付の方にお渡しすれば大丈夫ですか?」
茉白はクスクスと可笑しそうに言った。
『お時間を教えていただければ、私が直接受け取りますよ。』
「本当ですか?ありがとうございます。では、後ほど。」
茉白は電話を切ると、社内のホワイトボードにシャルドンに立ち寄る予定を書き込んだ。
「茉白さん、今日の営業、同行させていただいても良いですか?」
そう言ったのは影沼だった。
「え…」
急な申し出に、茉白は少し
「わかりました。」
この日は影沼に制止される前に茉白が社用車の運転席に乗り込んだ。
「いくつか営業先を回って、最後にシャルドンさんに立ち寄って荷物を届けて会社に戻ります。」
「シャルドンさんは商談ではないんですね。」
影沼はどことなくがっかりしたような声で言った。
「こんにちは〜」
「あ、真嶋さん。こんにちは。」
茉白はシャルドンに行くまでに小さな雑貨店や、チェーン系の店舗などを回り、売れ行きの確認をしたり、新商品の受注をしたりした。その間、影沼はニコニコと愛想良く付き添い、ときにAmselの名刺を出してLOSKAとの店頭での展開の提案などをした。
「店頭展開の提案ありがとうございます。」
「いえ、うちの利益にもなりますから。」
(仕事は本当にすごく熱心だよね。)
シャルドンエトワール・本社
受付を済ませた茉白と影沼がエントランスホールで待っていると、米良がやってきた。
「こんにちは、茉白さん。」
「米良さん、こんにちは。」
「…と、Amselの影沼常務?ご一緒ですか?」
影沼に気づいた米良が不思議そうな顔をした。
「えっと…最近少し、うちの仕事をお手伝いいただいてて…」
茉白はなんとなくバツの悪さを感じた。
「へぇ…」
「先日の展示会ではご挨拶しかできず、申し訳ありませんでした。」
影沼が軽く頭を下げる。
「いえ、あれはこちらの都合でしたので。」
米良はあまり気にとめていないといった表情で言った。
「えっと、これが傘のサンプル全種類です。できれば全種類ご注文お待ちしています!」
茉白は笑顔で言った。
「では、そのように雪村に伝えておきますね。」
(あれ、めずらしい。“雪村”って。)
米良は茉白の前では遙斗を親しみを込めて名前で呼ぶ。
(商談ルームじゃないからかな…)
「あ、そうだ。今日は資料もお持ちしてて。」
茉白がバッグからクリアファイルを取り出した。
「これ、LOSKAの昔のレイングッズのカタログです。先日お話しした売れなかった折り畳み傘が載ってます。」
「へぇ、後で雪村に渡します。売れなかった原因は、何かわかりました?」
「社内で昔のことを聞いてみたんですけど、どうも形が特殊だったのが原因じゃないか…って。なので、シンプルな形の折り畳み傘なら製造できそうです。」
「そうですか。それも伝えておきますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
茉白はペコッと頭を下げ、エントランスに向かった。ふと、女性社員が噂話をしている声が耳に入る。
「なんか雪村専務が今日会う商談相手って、お見合いも兼ねてるって噂だよ。」
「え、今日の商談って
輝星堂はコスメの最大手メーカーだ。
(………)
「さすが、大手企業の御曹司ともなるとすごいですね。」
一緒に噂を耳にした影沼が言った。
「そうですね…」
(いつかはそういう誰かと結婚するんだよね。いつか、が今回かもしれないし。きっと…会社のためになる人と…。)
——— だったら俺にも米良にするみたいに自然に笑ってくれない?
(あれは…ただ、仕事がしやすくなるように言ってくれただけの言葉…)
(会社のための結婚、か…)
18時
シャルドンエトワール本社・役員室
「おつかれ。どうだった?“商談”は。」
社に戻ってきた遙斗に米良が言った。
「べつに。いつも通り。」
「社長が俺抜きでって言う商談は見合いを兼ねてるって、社内中にバレてるよ。」
「…だとしても、いつも通りだ。親父も本気で見合いさせたいわけでも無さそうだし。輝星堂はこれまで通り一取引先のまま。」
「この手の話が来すぎて、取引先にカドが立たないように断るのが面倒だからさっさと結婚して欲しい…とは言ってたけどな。」
「………」
遙斗はウンザリという顔をしていた。
「あれ?その傘…」
遙斗が部屋の隅に置かれたカラフルな傘に気づいた。
「今日、茉白さんが届けに来てくれたよ。」
「ふーん」
「Amselの影沼常務と一緒に。」
涼しい顔をしていた遙斗の表情が曇る。
「え?なんで…」
「LOSKAの仕事を手伝ってるって言ってた。遙斗がそんな顔するなんて珍しいな。」
「………」
「本当は自然な事業戦略だなんて思ってないんだろ?」
「…前にも言ったけど、自然だろうが不自然だろうがシャルドンが介入することじゃない。」
「シャルドンじゃなくて、雪村 遙斗としてなら?」
食い下がる米良に、遙斗は溜息を
「…俺は生まれた時からシャルドンの雪村 遙斗だよ。」
米良は「やれやれ」という顔をした。
「これ、茉白さんが置いていった資料。売れなかった折り畳み傘だって。」
「ああ、例の…」
遙斗は茉白が置いていったLOSKAの古いカタログを捲った。
「………」
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