第20話 茉白と工場

それからも影沼はLOSKAで様々な仕事を経験した。

「茉白さん、今日は縫製工場に行くんですか?」

「はい。」

「良かったら同行させてくれませんか?」

(工場まで見たいなんて、本当に熱心。)


「え、私も運転できるから大丈夫ですよ?いつも運転してますし…」

工場まではLOSKAの社用車で行くことになっていて、茉白が運転席に乗り込もうとしたところを影沼に止められた。

「いやいや、女性に運転してもらうわけにはいきません。」

「………」

「茉白さん?」

「あ、いえ…じゃあお願いします。」


「LOSKAの縫製物は全部国内製造なんですか?」

運転席の影沼が聞いた。

縫製物というのは、コスメポーチやペンケース、財布など布や革、ビニールを縫って作る製品のことだ。

「全部ではないですよ。素材によっては海外でしかできないこともあるし、海外の方がクオリティが高いものだってありますから。でも国内で作った方が確実な納期の目処がつけやすいとか色々な面で安心感はありますよね。」

「うちも“日本製”にはこだわってます。」

「そうなんですか?この間のシャルドンさんのOEMのハンカチのときも、先に受注していたポーチが日本製で質が良かったから好評で、他にも何か…って、決まった話だったんです。」

茉白はあの時のことを思い出して、嬉しそうに言った。

(最初の商談のときはどうなるかと思ったけど…)

———ふふっ

「どうかしました?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと思い出し笑いしちゃいました。」

「ふーん…」

影沼は怪訝そうな顔をした。

「ところで、シャルドンさんとは長いんですか?」

「えっと…口座ができて、10年くらいって言ってたかな…私は前任の樫原さんからしか知らないですけど。」

「へぇ、雪村専務は厳しい方だって知ってますけど、よく続いてますね。」

「…厳しいですね、確かに。最初は取引が無くなるかと思いました。」

茉白が言った。

「でも、ただ厳しいだけじゃないってわかってからは商談も少ししやすくなりました。ダメ出しもいっぱいされますけどね。」

「へぇ、是非同席して商談の様子を見せて欲しいな。」

影沼が言った。

「え…」

茉白は遙斗と米良と自分の3人の空間に影沼が入ることを想像し、何となく躊躇ためらいを覚えた。

「えっと…一応他社の方なので、大きな商談への同席はちょっと…」

「そうですか。」

茉白は気まずくなって窓の外を見た。影沼はつまらなそうな顔で、茉白に聞こえないような溜息をいた。


「あ、あそこのケーキ屋さんに寄ってもらえますか?」

窓の外を見ていた茉白が言った。

「ケーキですか?」

影沼はまた怪訝な顔をしたが、言われた通り車を停めた。


「お菓子代で領収書お願いします。株式会社LOSKAで…」

茉白が買ったのは箱入りの焼き菓子だった。

「工場へのお土産です。」

茉白はニコッと笑った。

「え、工場からしたらLOSKAの方がお客様でしょう?お土産なんて要りますか?」

「まあ、金銭的なところだけ見ればそうですけど…。今日はお礼も兼ねているので。」

「お礼?」


「こんにちは〜!」

「あ、茉白さん、こんにちは。いらっしゃいませ。」

茉白は工場に着くとすぐにスタッフに挨拶をした。工場長の綿貫わたぬきが茉白を出迎えた。

「茉白さん、いらっしゃい。」

「綿貫さん!こんにちは。これ、良かったら休憩の時にでも皆さんで食べてください。」

茉白は袋からお菓子の箱を出すと綿貫に手渡した。

「いつもお気遣いいただいちゃってすみません!」

「いえいえ。」

綿貫は茉白の後ろの影沼に気づいた。

「そちらの方は…?」

「あ、えっと…最近うちとお付き合いのあるAmselさんていう会社の影沼常務です。影沼さん、こちらは工場長の綿貫さんです。」

「初めまして、Amselの影沼と申します。」

綿貫繊維工業わたぬきせんいこうぎょうの綿貫です。よろしくお願いします。」

「えっと、綿貫さんのところでは主にポーチを作っていただいてます。」

茉白が紹介した。


「綿貫さん、この前のクリームソーダのポーチ、売り場でもすっごく人気だったみたいです!良い物を作っていただいてありがとうございました!」

茉白は明るい笑顔でお辞儀をした。

「いやー、途中で発注数も増やしていただいて、こちらこそありがとうございます。茉白さんと佐藤さんと、あれこれ悩んで考えた甲斐がありましたね。」

綿貫も笑顔で言った。

「おかげさまで、シャルドンさんていう大きな雑貨チェーンにたくさん発注いただけたんです!縫製がきれいでファスナーもしっかりしてるって言ってもらえて。サクランボ柄の生地もイメージ通りのものをみつけてもらえて良かったです。」

「シャルドンは私でも知ってますよ。実は店頭でたくさん並んでいるのを見かけて、嬉しくて買っちゃいましたよ。娘にプレゼントしました。」

「えー本当ですか!?綿貫さんにならうちからプレゼントしたのに!」

茉白と綿貫の会話は親しげに盛り上がった。


それから茉白は影沼を連れて、綿貫から工場の設備や仕事の説明を受けた。


「今新作のポーチの企画も動いているので、また見積りからお願いします。またシャルドンさんに入れてもらえるように頑張りますね!」

「佐藤さんにもよろしくお伝えください。茉白さんの絵をわかりやすい図に起こしていただいてありがとうございます、って。」

綿貫が笑って言った。

「え〜!綿貫さんまで…最近いろんな人に絵の事でいじられます…でも伝えておきますね!」

「ではまた、ご連絡お待ちしてます。」

「はい、また。」


茉白と影沼は工場を後にした。

「茉白さんは工場の方とも仲が良いんですね。」

「はい。とくに綿貫さんには縫製の方法とか、生地の種類とか、色々教えてもらったので。」

茉白は綿貫との思い出を振り返るように言った。

「それは素晴らしいですね。…ただ、商談でもないのに工場訪問に時間をかけ過ぎですね。」

「え…」

「いえ、Amselだったら、という感想です。」

影沼は付け足すように言った。

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