第19話 理解したい
茉白は縞太郎に、めずらしく商談用の個室に呼び出されていた。
「ああ、少しうちの仕事にも関わってもらおうと思ってね。来週から週に何度か来てもらう。」
「どうしてそんな急に…?影沼さんはAmselのお仕事があるんじゃないの?」
茉白には縞太郎の言っていることが理解できない。
「Amselでは彼は常務取締役だから、毎日出社する必要はないんだよ。」
「だからって…何で他所の会社の人がうちに来るの?」
納得がいかない不安そうな顔で聞いた。
「茉白だってわかるだろ?影沼さんは優秀で、うちが考えてこなかったようなコラボ企画を持ってきてくれる。それも毎回成功している。先週の展示会だって盛況だった。」
「それはそうかもしれかいけど…」
茉白は店頭展開や展示会での成功を全てAmsel側の功績のように言う縞太郎に違和感を覚えたが、言葉を飲み込んだ。企画自体を影沼が提案したのは事実だ。
「茉白、LOSKAはもう何期も業績が下がり続けている。父さんは社長として、ここで影沼さんの知識を借りてテコ入れして、業績回復を目指したいんだ。」
「コンサルタントみたいな立場…ってこと?」
「まぁ、それに近いかもしれないな。」
「………」
———はぁ…
「それで、具体的には影沼さんに何の仕事してもらうの?」
茉白が諦めたような口振りで言う。
結局LOSKAは父の会社で、何をするにも父に決定権がある。それを理解している茉白には、父の提案を受け入れるしかなかった。
「しばらくはLOSKAのことを理解してもらうために色々な仕事をしてもらうつもりだ。」
縞太郎が言った。
「…ふーん…」
(しばらくは…って長く働いてもらうつもり…?)
「わかりました。」
茉白は部屋を出た。
——— ここで影沼さんの知識を借りてテコ入れして、業績回復を目指したいんだ
(業績…回復しそうって、思えてきたのにな…)
(私と一緒に頑張るんじゃダメだったのかな…)
影沼と連絡を取るようになった縞太郎は、以前よりどことなく元気そうだ。それがまた、茉白を虚しい気持ちにさせた。
翌週
「新人の影沼です。右も左もわからないような未熟者ですが、本日からどうぞよろしくお願いします。」
未熟な新人は到底着られないような仕立ての良いスーツに身を包んだ影沼は、自己紹介で冗談を言って社内を笑わせた。
「しばらくは週2日程度で色々な部署の仕事を勉強させていただきますので、デスクはとくに必要ありません。」
「社長にもそう言われていますけど、本当に大丈夫ですか?」
茉白が聞いた。
「私はあくまでもAmselの人間なので。」
「あ…そう、ですよね。」
(私が不信感抱いてるって思って、気遣わせちゃったかも…)
「じゃあ、一通り社内をご案内しますね。って言っても2フロアですけど。」
茉白が社内を案内する間、影沼は各社員に丁寧に挨拶をし、様々なことを茉白に質問した。
「ここで出荷まで行っているんですか?」
「はい。うちは今のところこのオフィスだけで完結してます。Amselさんは外部倉庫でしたっけ?」
「そうです。都心よりも広い倉庫が借りられるので経費削減になりますよ。」
「あー、やっぱりそうですよね〜。ECサイトの出荷もそこからですか?」
お店などに向けた大量の出荷と、個人に向けたECサイトの出荷は在庫管理の方法などが異なる場合が多い。
「ええ、在庫は別で管理してますけど、外部倉庫のスタッフに任せています。慣れると便利ですよ。LOSKAさんも外部にしてもいいんじゃないですか?」
「うーん…私としてはしばらくこのままがいいかなぁ…」
「何故?」
「ECサイトが最近好調なんですけど、季節ごとにお礼のお手紙を入れたり、おまけもつけたりしてるんです。リピーターの方にも対応できるように社内で管理したくて。私もときどき手伝ってるんですよ。影沼さんもそのうち一度やってみます?」
茉白は楽しそうに言った。
「…ええ、是非。」
「影沼さんて、すごくたくさん質問してくれますね。」
「早く御社を理解したいので。」
「そう言っていただけて嬉しいです。」
茉白は笑顔で言った。
(真剣に理解しようとしてくれてるんだ。)
LOSKAを知ろうとしている影沼を見て茉白は少しホッとした。
「影沼さんて、みんなから見てどんな感じ?」
茉白は莉子やデザイナーの佐藤など、他の社員を誘ってランチに行った店で聞いた。
「あー想像よりずっと気さくな感じですよ。女子同士で話してても入ってきたり。冗談とかも言うし。」
莉子が言った。
「Amselの新商品のサンプルくれましたよ〜」
別の社員が言った。
「え、そうなの?じゃあうちからもお返ししなくちゃ。」
茉白が言った。
「LOSKAにはあんまりああいうビシッとしたスーツの人がいなかったから、大人〜って感じで結構新鮮だし。」
また別の社員が言った。LOSKAは服装が自由で、親しみやすい雑貨を取り扱うようなメーカーのため男性の営業も襟付きの服であればスーツでなくても許されている。
(社員のみんなにも馴染んでるんだ。)
茉白はまたホッとした。
「…正直私はちょっとだけ苦手です。」
否定的な言葉を発したのは、佐藤だった。
「え、どういうところが?」
「悪い人って思ってるわけじゃないですよ…ただ」
佐藤は言葉を選ぶように話した。
「たとえば、私のPCの画面を見て“このデザインには何時間かかっているんですか?”って、時間のことを何度か聞かれて…仕事だから時間も大事なのはわかってるんですけど、デザインてそれだけじゃないし…」
「そっか、そうだよね。何時間も考えても閃かなかったのに、急にアイデアが浮かぶことだってあるもんね。」
茉白は佐藤の言葉に理解を示して言った。
「でも、影沼さんに悪意とか深い意図は無いんじゃないかな。デザイナーさんの仕事って営業と全然違うから、興味はあるけどどう聞いていいかわからなかったんじゃない?」
“LOSKAを理解したい”という影沼の言葉を思い出しながら、茉白はフォローを入れた。
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