第18話 わかっちゃいました

声の主は影沼だった。

「ご無沙汰しております、Amselの影沼です。」

「………」

遙斗がいぶかしんでいる表情を見て、茉白はここがLOSKAのブースだということを思い出した。

「あの、雪村専務、今回弊社はAmselさんと共同で出展しているのでお互いのブースを自由に行き来できるんです。」

茉白がフォローを入れた。

「共同?」

「はい、Amselさんから—」

「茉白さんのお父様と懇意にさせていただいていまして。お互いの苦手分野を補い合うために一緒に出展したんです。」

影沼が茉白に被せるように言ったので、茉白は若干困惑した表情を見せた。

そんな茉白を見て、遙斗は小さく溜息をいた。

「ところで雪村専務、弊社のことは覚えていらっしゃいますか?コスメ部門を見ていらしたときに—」

「ああ、覚えてますよ。」

「では是非うちの方にも—」

「申し訳ないですが、LOSKAさんの商品説明を受けている最中ですし、私はコスメからは離れたので。」

「本日は時間も限られておりますので。」

遙斗が断ると、米良も付け足すように言った。影沼は渋々という表情でAmsel側に戻って行った。

「社長がAmselと懇意にしてるって?」

影沼がいなくなると、遙斗が茉白に聞いた。

「はい。あのパーティーで私が名刺交換して知り合って。父に繋いだらそこからよく連絡を取ってるみたいで…。」

「仕事では何かあった?」

「えっと、店頭のコーナー展開を一緒にやるとか、今日の展示会くらいです。」

「ふーん…」

「………?」

茉白には遙斗の質問の意図がよくわからなかった。


「あ、莉子ちゃん!」

茉白は莉子が接客を終えたのに気づくと手招きして呼び寄せた。

「え、え、ちょっと茉白さん…!」

莉子は茉白と一緒にいる人物を見て、驚きのあまり怯えたような態度になった。

「雪村専務、米良さん、彼女が私のSNSの師匠の塩沢さん…じゃなくて、莉子先生です。」

「茉白さん、変な紹介しないでくださいよ〜!」

仲の良さそうな二人のやり取りを遙斗は微笑ましく見ていた。

「はじめまして。シャルドンエトワールの雪村です。」

「え、えっと…LOSKAの塩沢です。ちょうだいいたします…」

遙斗と名刺交換をする莉子の手は震えている。

「2週間でフォロワーを100倍以上にするなんて、凄腕ですね。」

遙斗が言った。

「まぁ…元が6人でしたからね…」

莉子が溜息混じりに言った。

「もー!莉子ちゃん…!」

莉子はイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「真嶋さんのあの芸術的な絵を素晴らしいラフに仕上げる凄腕デザイナーさんにも会ってみたかったけど。」

「…その嫌味に何も言い返せないのが悔しいところですけど…今回は営業しかブースに立っていないので、凄腕デザイナーはまたの機会にご紹介しますね。」

茉白が少し不満気に口を尖らせて言うと、遙斗は笑った。


「写真で見るより500倍くらいかっこよかったな〜!雪村専務!オーラがやばい!」

展示会終了後の帰り道、莉子が目を輝かせながら言った。

「あの後すごかったですね〜!来るお客さん来るお客さん、みんな“雪村専務は何を見て行かれたんですか!?”って。」

「そうだったね。」

シャルドンのバイヤーとしての遙斗が何を見たのか気にする客もいれば、単純に遙斗が見たものを知りたいファンのような客もいた。

「この名刺、家宝にします!なんかいい匂いするし〜!」

「そんな…」

くんくんと名刺の匂いを嗅ぐ莉子に、茉白は驚いたあとで苦笑いをした。

「でも、私わかっちゃいました!」

莉子が名刺越しに茉白をチラッと見て、目をキラッと光らせた。

「茉白さんて…雪村専務に恋してますね。」

「…えっ!?ないない!」

茉白は手のひらを必死で横に振って否定した。

「えーでも〜、雪村専務と話してるときの茉白さん、なんかキラキラ〜ってしてましたけど。」

「……んー…まあ、憧れてはいるかな。あんなに素敵な人だからね。」

遙斗の顔を思い浮かべた。

「だけど、本気で好きになるなんてあり得ないでしょ?絶対付き合えるような人じゃないんだから。」

「そうかなぁ…雪村専務も満更でもないって感じに見えたけどなぁ…」

「もー!莉子ちゃんの目ってどうなってるの?そんなことばっかり言っちゃって、変なフィルターかかってるんじゃない?」

「えー?莉子先生のこういうのは結構当たるんですよー?」

「何の先生よ〜!」

「えー?占い師ですかねー?」


(あり得ないとは思うけど、万が一…雪村専務が満更でもなくても…ダメでしょ。)



シャルドンエトワール本社・役員室

「あーあ、今日も残業か〜こんなんじゃ結婚前に振られるかも。」

米良が言った。

「お前が無理矢理展示会に行くスケジュールをねじ込んだせいだろ…この忙しいときに。」

遙斗は非難を込めたように言った。

「でも行って良かっただろ?AmselがLOSKAに近づいてるってわかって。」

「…別に、シャルドンうちには関係ないことだろ。」

遙斗は冷静だが、どこか機嫌の悪そうな声で言った。

「だから、そんな顔するなら遙斗も下の名前で呼ばせてもらえばいいだろ?」

「そんな話はしてない。」

「“茉白さんのお父様と懇意にさせていただいていまして”とか言ってたよな。」

米良は影沼の口調を真似て言った。

「コスメメーカーのAmselが雑貨が得意なLOSKAと組むのは自然な戦略だろ。」

「思ってもないこと言うなよ。」

「とにかく、今何か起きてるわけでもないし、それがうちの利益か不利益にならないなら、他所の会社のことに干渉するべきじゃない。米良もわかってるはずだろ。」

「遙斗の機嫌が悪くなるなら俺にとっては不利益だけどな。」

「………」



1週間後

LOSKA社内

「え、影沼さんが…?」

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