第17話 茉白の目標

「本当ですか?嬉しいです!」

ある日の午後、茉白は電話口で明るい声で言った。

『うん。まあ色によってバラつきがあったりはするけど、どの店舗でもよく売れてるよ。このあと米良からメールで実績が行くと思う。』

電話の相手は遙斗だった。先日納品したポーチとハンカチの店頭での売上実績が発表され、その結果がとても良かったという報告だった。心なしか、遙斗の声も明るい気がする。


ポーチとハンカチは納品から1週間経った頃にはシャルドングループの店舗での動きが良いことが把握されていて、あのSNSのタイミングの少し前に追加での納品もしていた。

ポーチについては、シャルドングループで取り扱っていることを知った他の雑貨チェーンや小売店からも受注が増え、新規の取り扱い希望もいくつかあったのでLOSKA社内が予想したよりも早く在庫が無くなった。

自分のチェーンでもOEMの商品を作りたいと言ってくれる企業も出てきた。

シャルドングループの信頼の高さと影響力の大きさを茉白は改めて感じていた。


そして、茉白と莉子がLOSKAのSNSを頑張って毎日更新し、商品の紹介を頻繁にするようになってから、LOSKAの直営ECサイトの受注件数と売上金額も伸びてきている。


「最近うちの会社絶好調じゃないですか!?」

莉子が茉白に嬉しそうに言った。

「うん!今度雑誌の特集でうちのコスメポーチも取り上げてもらえるみたい。」

茉白も嬉しそうに答えた。

そんな茉白を見て莉子が「ふふっ」と笑った。

「えーなにー?」

「茉白さんが楽しそうで、私嬉しいです。」

「え?」

「私が入社してから…とくに茉白さんのお母さんが亡くなってから、ずーっとずーっと頑張ってるところを見てたから、やっと茉白さんの努力が報われてきてる感じがして…」

莉子の目が少し潤む。

「やだ莉子ちゃん、どうしたの急に〜!」

莉子の背中をぽんぽんと叩きながら、茉白もつられて泣きそうになる。

「OEMの時にも言ったけど…私一人の努力じゃなくて、莉子ちゃんもみんなも頑張ってくれてるからだよ。莉子先生がいなかったらSNSもよくわからないままだった。」

莉子は茉白の肩で頷いた。

「…でもみんな、そういう風に思ってくれる茉白さんだから頑張れるんです。」

「ふふ 嬉しいこと言ってくれるね。でも、まだまだこれからだよ。」

「え…」

「もっとね、一つ一つのシリーズをちゃんとブランドみたいにしていきたいし、LOSKAの名前ももっと色んな人に知ってほしいなって最近思ってるの。私、欲が深くなっちゃったみたい。だから莉子ちゃんもまた色々教えてね。」

「はい…トレンドのことは教えるので、商品の値段は教えてくださいね。」

莉子は涙目のまま冗談混じりに言った。


(業績が良くなる兆しが見えてきたのも…)


(私の目標が高くなっちゃったのも…)


(もっとみんなの力を借りて頑張りたいって思えるようになったのも…)


全部遙斗に出会ったからだ、と茉白は思った。


(仕事ではちゃんと認められて、ずっと付き合っていってもらえるような会社にしたい。)



「こちらは来月発売の新商品で—」

この日、茉白は莉子や他の営業部メンバーと一緒に雑貨の展示会で自社ブースに立っていた。

展示会とは、小売店や卸売業向けの商談会のようなもので、いろいろなメーカーが会場内の自社ブースに商品を並べて、来場した店舗のバイヤーに説明をしながら商談する場だ。

様々な業種が混ざった展示会もあれば、コスメ業界、玩具業界、文具業界…など、商品ジャンルで区分された展示会もある。

今回は“生活雑貨”という括りで、コスメやキッチン雑貨、ファッション雑貨など比較的広い商品ジャンルの展示会だ。

「盛況ですね。」

茉白に話しかけたのは影沼だった。

「そうですね、さっきからひっきりなしにお客様が来てますね。」

今回は影沼の提案に乗る形で、AmselとLOSKAが隣同士のスペースに申し込み、ブースを繋げて共同で出展している。

「影沼常務もイケメンですよね。私の好みではないですけど。」

接客中の影沼を見て、莉子がこそっと茉白に言った。

「莉子ちゃん何言ってるの…真面目に仕事して。」

「えーでも、影沼常務は茉白さんのこと狙ってそうですけど。」

「は?無いでしょ。」

「そうかなぁ…あ、私のお客さんだ、こんにちは〜!」

莉子は言いたいことを言って、接客に行ってしまった。

(…影沼さんが?)


——— 気になる女性くらいはいますよ。


ふいに影沼が食事の席で言っていたことを思い出した。

(…いやいやいや、まさかぁ…)


茉白がそんなことを考えている背後で、女性たちのざわめく声が聞こえてきた。

「茉白さん、こんにちは。」

米良が茉白の背中に声をかけた。米良の声とざわめきで、茉白は振り向く前に何が起きているのか理解した。

「こんにちは。」

遙斗だった。

「…こんにちは。」

普通の接客を心がけるがやはりまだ緊張してしまう。

「予定が合うかどうか微妙なところだっておっしゃってましたけど、来られたんですね。」

「茉白さんのためにスケジュールを1分単位で調整して、時間を捻出しましたよ。少しご無沙汰してしまいましたから。」

「また大袈裟に言いやがって…。この展示会には大口の仕入れ先もいくつか出てるから、できれば見ておきたかったんだ。」

「で、ですよね!うちにも来ていただけて嬉しいです。」

茉白と遙斗を見る米良はニコニコ…いや、どちらかというとニヤニヤしている。

「そういえば茉白さん、“キツネ”ありがとうございました。愛用してますよ。」

「ああ、いえいえ。使っていただけてるんですね。あのアイピローもサンプルをあちらに展示してて…」

茉白が二人をブースの奥に案内する。

「どの動物が良いか、お客さんに人気投票してるんです。意外にもワニが大人気で…」

「意外にも?」

「あ…」

口を滑らせた茉白は気まずさを見せつつも、楽しそうに笑った。


「雪村専務。」

誰かが三人の背後がら声をかけた。

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