第16話 影沼との食事

Amselとのコラボは茉白の予想より随分と好評だった。


——— 使えるものはなんでも使う


(使えるツテとかコネとか…あんまり警戒してたらダメなんだな…)

茉白は遙斗に言われた言葉を思い出して反省していた。


「こんにちは。」

店頭コラボの最終日、閉店間際の店内でまた影沼が茉白に話しかけた。

「影沼さん、こんにちは。影沼さんも片付けですか?」

「ええ、什器を持って帰らないといけないので。茉白さんもですか?」

店頭コラボは2週間の期間限定だったものが3週間に延長され、その間に商品の補充で何度か影沼と顔を合わせている。縞太郎とも頻繁に連絡を取り合っているらしい影沼は、ごく自然に茉白を名前で呼ぶようになっていた。

「はい。でもほとんど売れちゃって、残りの商品も返品じゃなくて店頭に残して普通に並べていいって言われてるので、数だけ数えたら終わりです。お陰で良い実績ができました。」

茉白は笑顔で言った。

「ところで茉白さん、この後お時間ありますか?」

「え…はい。今日はこのまま直帰なので。」

「良かったら食事でもいかがですか?什器を持って帰る都合で車で来てるんです。」

「えっと………」

よく知らない男性と二人、という点で茉白は少し警戒してしまう。

「ああ、安心してください。私は今日中に什器を会社に持って行かなければいけないので、食事をしたらご自宅にお送りしますよ。」

「あ、ごめんなさい、失礼な反応しちゃって…。じゃあ是非お願いします。」


茉白は影沼の車の助手席に乗り込んだ。影沼の車も常務というだけあって高級車だ。

「何が良いですか?近くに三つ星フレンチがあるみたいですけど…」

「あの、こんな服装なので…全然普通の居酒屋とかでいいですよ。」

「そういうわけにはいかないでしょ。」

影沼は笑った。

(こんな急に、あんまり堅苦しいお店に行きたくないなぁ…)

茉白も一応社長の娘という立場なので、高級店での会食の機会も普通よりは多くそれなりに慣れてはいるが、茉白自身はそういう店を好んではいない。

茉白は遙斗と米良と初めて食事に行ったときのことを思い出した。

(あの時、もしかして私が緊張してたから普通のお店に行ってくれたのかな…。)

なんとなく遙斗はそういう気の回し方をしそうな気がした。

「じゃあ、カジュアル目なイタリアンにしましょうか。」

「あ、はい。じゃあそこでお願いします。」


影沼に連れてこられたのは、カジュアルとは言ってもデートに向いていそうな比較的高めの価格帯の店だった。

「私も子どもの頃から自社製品のサンプルをよく渡されましたよ。コスメがメインなんで中学生の頃からはクラスの女子に配ったりもしてました。」

「私も友だちに配ってました。あるあるですね〜!」

お互いにメーカーの社長の息子・娘ということで、食事が始まると共通の話題で盛り上がった。

話の流れで影沼は現在36歳、独身ということがわかった。

「じゃあ、縞太郎さんは元々デザイナーだったんですね。」

「そうなんです。デザイナーというか、商品の企画とか…売れないものもたくさん作ったみたいですよ。だから営業畑出身の社長さんよりも数字にはちょっと大雑把なところがあって…母が外からサポートしてました。」

「へぇ…」

「だから母の分までカバーしなくちゃって思ってるんですけど、なかなか…」

茉白は困ったように言った。

「でも、茉白さんは頑張ってますよね。」

「え?」

「女性なのに営業としてあちこち飛び回って、シャルドンのパーティーにも招待されるくらい実績を上げている。」

(女性なのに…?)

茉白は影沼の言葉に引っ掛かりを覚えたが、重箱の隅をつつくようだと思い、受け流すことにした。

「あのパーティーはたまたまタイミングが良かっただけです。」

「タイミング?」

「はい、OEMとか…SNSで商品を紹介していただける機会があって、まぁいろいろ…」

「ふーん。ああ、そういえばいつもTwitty見てますよ。あれは茉白さんが?」

「はい、後輩と二人で管理してます。なかなか奥が深くておもしろいです。」

「私は見る専門ですね。いつもLOSKAさんの投稿にこっそりいいねとRTさせてもらってますよ。」

「わぁ、ありがとうございます!」

(あれ?いつもいいねとRT…?)

茉白は莉子が言っていた“クロさん”のことを思い出した。

(影沼…影…黒…ひょっとしてクロさん…だったりする?)


「ところで、茉白さんはLOSKAを継ぐつもりということですけど、ご結婚はまだ考えていないんですか?」

「えっ…結婚ですか?んー…まだ、っていうより、あんまり真剣に考えたことがないかも…年齢的に友だちの結婚式に呼ばれることは多いんですけど。」

茉白は気まずそうに笑った。

「お付き合いしている方とはそういう話にならないですか?」

「え!?いないです、そんな相手。」

「へぇ…でも、好きな相手くらいはいるんじゃないですか?」

影沼の質問に、すぐに遙斗の顔が浮かぶ。茉白は遙斗の顔のイメージを振り払うように首を横に振った。

「いないです!今は仕事に集中したいので。」

茉白は傍にあったグラス入りの炭酸水をクビっと飲んだ。

「影沼さんこそ、立場的に私よりよっぽどそういうお話が多いんじゃないですか?」

「ええ、まあ。縁談話は多いですね。とはいえ、私も茉白さんと同じような感じです。」

「同じ…」

「あ、私は気になる女性くらいはいますよ。」

影沼はにっこりと笑った。


「今日はありがとうございました。ごちそうになってしまってすみません。」

自宅に送り届けられた茉白は車から降りて、影沼に挨拶した。

「いえ、是非またご一緒しましょう。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」


「ただいま〜。」

茉白が家に入ると、縞太郎が玄関にやって来た。

「おかえり。」

(めずらしい…)

「影沼常務から連絡を貰ったよ。食事に行ったんだって?」

「え、うん。お父さんに連絡なんて丁寧だね。」

「楽しかったか?」

縞太郎が微笑むような顔で聞いた。

「ん?うん、まあ普通に。影沼さん、話しやすい人だね。」

「そうか。」

縞太郎はどこか嬉しそうに言うと、自室に戻っていった。

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